2014年11月11日火曜日

立体的に見るということ(4)

これは「立体的に見ること」のシリーズの続きです。

動く2Dイメージで奥行きを表現する

前回までは静止している2Dイメージで奥行きを表現することについて書きましたが、今回は動く2Dイメージで(つまり、動くことではじめて発生する)奥行き感についてのはなしです。

これは運動視差(Motion Parallax)と呼ばれます。カメラが動くとき、近くにあるものは早く、遠くにあるものは遅く動くというものです。列車の窓から見ると、近くの家はあっという間に通り過ぎて行きますが、遠くの建物はゆっくりと動いていきますね。あの効果です。スーパースローモーションにすると、その効果が拡大されて見えます。

この運動視差を用いて空間の奥行きを表現した最初期の映画として挙げられるのが、イタリア映画「カリビア(1913)」です。それより以前にもカメラを動かすという例は見られますが、「パン」による構図の再構成が主体だったようです。「カリビア」は、映画のために特別につくられた巨大なセットの奥行きを表現するために、ゆっくりとしたトラッキングショットを導入したといわれています。



列車などの高速で動くものをとらえるときに「奥から手前へ」の構図で、近くに来たときのスピード感とサイズが強調するのは常套手段です。これとは逆にカメラが動きながら「手間から奥へ」と風景が動くときは、動く視点のスピードともに、周囲の風景の広大さを強調することができます。レニ・リーフェンシュタールの「意思の勝利」では、この「手前から奥へ」をロングテイクで撮影することで、ヒトラーの支持者の膨大さを強調しています。


SF映画など宇宙空間を舞台にした作品の場合、周囲に参照する風景がまったくないか、少ない場合には、この運動視差を利用することが重要になります。カメラの動き、被写体の動き、そしてカメラと被写体の距離を複雑に重ね合わせて、空間表現をするために、キュー(鍵)となるものを常に意識しながら構図を設計しないと観客を混乱させてしまうことになります。しかし、むしろその混乱を適度に利用して、エキサイティングな場面を作ることも可能です。


運動視差を用いた映像の中で、私が最も素晴らしいと思うのは、F・W・ムルナウの「都会の女(1930)」のこのシーンです。人間が走るスピードの移動カメラと、麦畑のテクスチャが作り出す運動視差、被写体の動きとカメラの動きの相対関係が、数十秒だけど、美しい。リンク先のYouTube映像では、麦畑のテクスチャがつぶれてしまっていて残念です。


ムルナウは本当にカメラを動かすのが上手い。

2014年11月9日日曜日

立体的に見るということ(3)

立体的に見るということ(2)の続きです

今までの話は、相対的な遠近関係を幾何学的に導き出した方法で表すことについてでしたが、光を用いて遠近感、奥行きを表現する方法もあります。

光と影を用いた立体感

物体の相対的な位置ではなく、物体そのものの立体感を表現する際に、陰影が大きな役割を果たします。陰影をつけることによって、2次元の円が球のように見え、凹凸が把握できるようになります。陰影を用いる立体表現は透視法よりも古く西洋絵画に導入されました。ローマ帝国時代の壁画には、陰影を使って表現された立体的な表現も見られ、また、時代を下ってジオット(1266 - 1377)の作品には、布のひだなどのやわらかい影を用いた、自然な立体表現が見られるようになります。

ボスコレアーレのフレスコ画 43 - 30 BC

ジオット ユダの接吻 c.1305

ジオット 聖フランシスの伝説 アレッツォでの悪魔追放 1297 - 1299
右下の壁の凸模様にも影による立体表現が見られる

影による立体造形に非常に積極的だった初期の映画監督は、レックス・イングラム(1893 - 1950)でしょう。彼は彫刻家だったこともあり(最終的には映画をやめて彫刻家になりました)、立体的な造形に非常に興味があったようです。「黙示録の四騎士(1921)」で、無名だったルドルフ・ヴァレンチノ(1895 - 1926)に深い陰影を与えて、それまでの顔の表情のとらえ方とは一線を隠した映像を試みました。

黙示録の四騎士(1921) レックス・イングラム監督

これとは別に、深い闇で遠近感を表現する場合があります。レンブラント(1606 - 1669)の絵画をみるとわかりますが、背景に暗く沈む闇は、何も描かれていないがゆえに、深い遠近感を生みます。

レンブラント・ファン・レイン キリストと姦淫の女 1644

薔薇の名前(1986) ジャン=ジャック・アノー監督

遠景を撮影すると光の散乱で青みがかって見えることは、映画や写真ではごく自然に起きます。しかし、絵画では意識的にそのような描き方をする必要があります。

トリュフォーの思春期(1976) フランソワ・トリュフォー監督
遠景は青くシフト
バニシング・ポイント(1971)リチャード・C・サラフィアン監督
ジョルジョ・ヴァッサーリ 十字架降架 c1430

暗闇と同じように、霧や煙を用いて距離感、深さを表現するのは、常套手段となりました。

ラスト・エンペラー(1987) ベルナンド・ベルトリッチ監督


2014年11月6日木曜日

立体的に見るということ (2)


(4)短縮法(Foreshortening)
これは(3)の「相対的なサイズ」の延長ですが、遠くのものが実際よりもより短く見えるということを利用したものです。この短縮法で描かれた最初期の絵画として、モンターニャの「死せるキリスト(c.1480)」が挙げられます。ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂、特に「大地と水の分離(1511)」では、まさしく神がこちらに向かって飛び出してくるような印象を与えます。ルネサンスからロココ/バロックの画家たちは、この短縮法を様々な場面で応用しました。

モンターニャ 死せるキリスト(c.1480)
ミケランジェロ 大地と水の分離(1511)

カラヴァッジオ エマオの晩餐(1601)

映画でこの短縮法が最も使用されるのが銃です。エドウィン・ポーターの「大列車強盗(1903)」から、ウォシャウスキー兄弟の「マトリックス(1999)」まで、ことあるごとに観客のほうに向けられ短縮法が強調された銃は、今にも弾丸がこちらに向かって飛び出してくる迫力を強調しています。

大列車強盗(1903) エドウィン・S・ポーター監督

お金持ちにつける薬(1940) アール・C・ケントン監督

 マトリックス(1999) ウォシャウスキー兄弟

(5)地平線からの位置
2次元で表現された空間では、地平線が参照の線となります。この地平線から離れれば離れるほど、近くにあるといえます。ルネサンス初期の絵画には、他の遠近感のキュー(鍵)とともに使われていることがあります。

ピエトロ・ペルジーノ ペトロへの鍵の授与(1481 - 1482)

西部劇、特に西部の荒野を舞台としたものでは、周囲に遠近を指示する対象となるものが少ないため、地平線を利用しながら、人物同士の距離や動きを表現するものが多く見られます。ジョン・フォード監督の「捜索者たち(1956)」では、人間の画面上での大きさ、土地の高低などを組み合わせながら、この遠近感を起伏のあるものにしています。

捜索者たち(1956) ジョン・フォード監督

「アラビアのロレンス(1962)」でも、やはり砂漠を舞台としているシーンでは、この遠近表現とクローズアップを交互に使いながらドラマの緊張を高めていきます。

アラビアのロレンス(1962) デヴィッド・リーン監督

(6)遮蔽(オクルージョン)
これは端的に言えば、近くにあるものは遠くのものをさえぎって見えなくするということです。ピエトロ・ペルジーニョの「降誕(1497 - 1500)」では、天使が雲に乗っているのですが、これがどこにいるのかと言うと、背景の山のほうの空ではなく、アーチから手前に浮かんでいるのです。これは天使の羽根が、アーチの一部を遮蔽していることから判るのですが、しかし、どれくらいこちらに近いのかは正直なところわかりませんね。

ピエトロ・ペルジーニョ 降誕(1497 - 1500)

フィリッポ・リッピ(1406 - 1469)の「受胎告知(1445)」では、真ん中の一本の柱で、受胎告知の場面が「向こう」にあることを明確に示しています。

フィリッポ・リッピ 受胎告知(1445)


このように描かれている世界とこちらを明確に分離する手段の一つとして、「フレーム(枠)」があります。すなわち、構図内にもうひとつの枠 -窓、ドア、アーチなどー をもうけて、その向こうの世界、枠にさえぎられて見えない世界をつくりだす手法です。この方法でより広い世界を枠の向こうに想像させ、遠近感を強調することがあります。カナレットのサン・マルコ広場の2枚の絵を比べて見ると、フレームを用いて視点を低く構えフレームを設けた絵のほうが、見ている者に自らの位置を意識させる効果があることがわかると思います。

カナレット サン・マルコ広場(1730)
カナレット サン・マルコ広場(c.1760)

フレームのこちら側が向こう側に比べて暗い場合が多いですね。

カナレット ウェストミンスター・ブリッジから見たロンドンの眺め(1746 - 47)

ジョン・フォードの「捜索者たち」のラストシーンは、まさしくこの「フレーム」と「遮蔽」を組み合わせて、イーサン・エドワーズ(ジョン・ウェイン)の世界の儚さを見事に表現しています。イーサンに抱きかかえられて戻ってきたデビーを迎えるジョージェンセン夫妻、そしてマーティンとローレン、彼らはみんなイーサンを「遮蔽」し、フレーム(玄関)のこちらにやってきます。イーサンは、フレームをこえてこちらに来ることはありません。このフレームは実に重要な役割を果たしています。

捜索者たち(1956) ジョン・フォード監督

2014年11月5日水曜日

立体的に見るということ (1)

[「疲労困憊の3D映画」シリーズの続きです]


静止した2Dイメージから奥行きを得る

3D映画でなくとも、立体感、奥行きを感じることはできます。いや、むしろ大部分の3D情報は視差を用いていないのです。

(1)透視図法
いわゆる「2次元での奥行き表現」と言ったときに、西洋絵画で発達した、この「遠近法」「透視図法」は基礎になります。一般的には1410年代から20年代に、フィリッポ・ブルネレスキ(1377 - 1446)ロレンツォ・ギベルティ(c.1381 - 1455)が、「再発見」したとされています。ブルネレスキは古代ローマの建築の観察から、ギベルティは、10世紀のアラビアの学者、イブン・アル・ハイサム(965 - 1040)の著書「光学の書」を研究したのがきっかけです。古代ギリシア、あるいはローマに「遠近法」が法則として認知されていたかは定かではありませんが、ポンペイの壁画には、消失点をもつ構図のものも含まれています。それらの法則を「復活させた」のがこの二人だと言われています。「ブルネレスキの実験」と呼ばれる、透視図法描画の実験があります。彼はフィレンツェのサン・ジョバンニ礼拝堂の風景を透視図法で描き、その絵の裏側から消失点を通して覗いた風景と、鏡に反射させた絵が重なるかを試しました。これからもわかるように、「透視図法」は片目でみても遠近感が発生するシステムです。



この透視図法による描画法はイタリア国内では10年から20年でほぼ確立されたようです。たとえば14世紀の終わりから15世紀のはじめにフィレンツェで作品をのこしたロレンツォ・ディ・ニッコーロの「聖フィナの伝説(1402)」では、遠近法の基本的なシステムも導入されておらず、現在の我々の眼から見るとかなり破綻した造形が描かれています。ところが、同じフィレンツェのマサッチオ(1401 - 1428)の「聖三位一体(1425)」になると、かなり正確な透視図法が導入され、いわゆる「トロンプ・ルイユ(trompe l'oeil)」の効果をみることができます。

ロレンツォ・ディ・ニッコーロ 聖フィナの伝説(1402)[部分]


マサッチオ 聖三位一体(1425)

マサッチオ 聖三位一体 透視図法解釈
 
この間はわずか23年であり、驚くべきスピードでこの技法が吸収されていったのがわかります。1450年代には、多少の不正確さはあれ、多くのイタリアの画家が透視図法を導入しています。なかには、ロレンツォ・モナコのように当初は遠近感など微塵もなかった作品だったのが、20年ほどで極端な透視図法を取り入れようとして、M. C. エッシャーのようなシュールなものになっている場合もあります。

ロレンツォ・モナコ 降誕(1390)

ロレンツォ・モナコ 三王礼拝(1422)[部分]
このような透視図法にみられる、消失点に向かって伸びる直線を利用した構図は、たとえば「第三の男(The Third Man, 1949)」の最後のシーンなどに見られます。

第三の男(1949) キャロル・リード監督

ミステリー・ストリート(1950) ジョン・スタージェス監督

(2)繰り返しパターン
透視図法とともに現れてきたのが、床や天井などのデザインやパターンを用いて、遠近を表現する方法です。同じ模様や形状が繰り返されるため、そのパターンが遠くに行くほど小さくなることで奥行きを表現します。アーチ、柱、天井や壁のパネルなどがよい例です。遠近表現の正確さを追及し始めた15世紀前半では、透視図法と併用されて多く登場します。わざわざ、繰り返しのパターンをひねり出して使用している例も見られます。また、時代は下って、ベネチアやロンドンの風景を多く描いたイタリア・バロック期の画家、カナレット(1697 - 1768)は繰り返すアーチと柱を多用しながら、空間を表現しました。

カナレット 修復中のウェストミンスター橋(1749)

上の「第三の男」でも並木のパターンが遠近感を強調しています。映画「アパートの鍵貸します(1960)」に登場するオフィスは、その広大さ、従業員の数の多さ、そしてジャック・レモン扮するバクスターが一介のしがない従業員でしかない事実を、数限りなく並ぶデスクと、天井の照明のパターンで表現しています。特にこの天井照明は、実際には大きすぎるし多すぎる。当時の実際のオフィスの写真と比較してみると一目瞭然です。これは、わざとこのようなデザインにして、奥行きを強調したのでしょう。

アパートの鍵貸します(1960) ビリー・ワイルダー監督


1950年代のアメリカのオフィス (via. WSJ)

(3)相対的なサイズ
これは我々があらかじめサイズを知っているものが、画面上でどのようなサイズ関係になっているかで遠近感を把握するということです。カナレットの「柱廊の遠近法(1765)」では、柱の大きさ、ひいては建築そのものの大きさが、随所に配置された人間のサイズで把握できます。

カナレット 柱廊の遠近法(1765)
風景の中に人物を配置して、その広大さを想像させるという手法は、ドイツのロマン派絵画によく見られるようです。広大な風景だけ描いてしまうと、それがどれだけ広大か判別しにくいのですが、そこに人間を配置することで、「人間」と「自然」の相対的なサイズ関係を表現するのです。有名なカスパー・ダーヴィッド・フリードリヒの「雲海を見下ろす散策者(1818)」のなかでは、こちらに背を向けた「散策者」が、この絵画に描かれている風景の広大さの鍵になります。

カスパー・ダーヴィッド・フリードリヒ 雲海を見下ろす散策者(1818)

アウグスト・マティウス・ハーゲンの「海岸(1835)」では、手前のボートと、その向こうの人間のサイズの関係だけで(他に距離をあらわす鍵になるものが描かれていない)奥行きを表現しています。

アウグスト・マティウス・ハーゲン 海岸(1835)

これはF. W. ムルナウの「サンライズ(Sunrise, 1927)」の1シーンですが、手前のランプの大きさが人間に比べて異様に大きく映っていることで、非常に近距離にあることがわかります。

サンライズ(1927) F. W. ムルナウ監督


市民ケーン(Citizen Kane, 1941)」の1シーンですが、やはり、手前のビンとスプーンの大きさから、奥からやってくるオーソン・ウェルズの距離が把握できます。

市民ケーン(1941) オーソン・ウェルズ監督

2014年10月27日月曜日

1920年代の3D映画



3D映画は、ハリウッド映画史上において1950年代に最初にブームを迎えたとされていますが、実は1920年代に一度ブームを迎えているのです。この時期の3D映画は、今となってはその完成度や影響力を把握しにくいものになっています。というのも、そのほとんどが消失してしまっているからです。

1920年代に登場した3D映画は、基本的にアナグリフ型であるため、カラー映画の発達と並行していたともいえます。1922年に発表、公開されたウィリアム・ヴァン・ドーレン・ケリーの「プラスティコン(Plasticon)」は現存する最古の3D映画だと思われます。「未来の映画(The Movie of the Future)」というタイトルでニューヨークのリヴォリ・シアターで公開されました。この映画は90年後の2013年にWorld 3-D Film Expo IIIで特別上映もされています。

もともとウィリアム・ヴァン・ドーレン・ケリー(1876 - 1934)はカラー映画の開発を手がけていました。1916年にプリズマ I、1917年にパンクロモーション(Panchromotion)というプロセスを発表します。これは赤/オレンジ、青/緑、緑/紫(+黄色[パンクロモーション])のフィルターの円盤がフィルムとシンクロして回転することでカラーを形成するというものです。このプロセスを用いて、「Our Old Navy(1917)」という映画を発表しますが、技術的な問題を抱えていたため、ケリーは別の手法を模索します。(このプロセスでは、1秒あたりのフィルムコマ数を増やす必要があり、行き詰ってしまいます。)ケリーは、1919年にプリズマ IIというプロセスを発表します。これは二枚のフィルムを貼り合わせたもので、一方が赤/オレンジ、もう一方が緑/青に染色されています。これは撮影時に1コマおきに赤、青とフィルターしたものを重ねたもののようで、重ねると動いているものはぴったりと重ならない、という欠点がありました。そのため、風景を撮影したものが主体となり、このプリズマカラーで多くの観光映画が製作されています。「Bali : The Unknown (1921)」「The Glorious Adventure (1922)」は、ニューヨークのリヴォリ・シアター、あるいはロキシー・シアターで公開されています。このシアターチェーンのディレクターであるヒューゴ・リーゼンフェルドがこのような新規技術に理解を示しており、積極的にプログラムに組み込んで行ったようです。1923年にはロバート・フラハティーが「モアナ」の撮影のためにプリズマ IIのカメラをサモア諸島に持って行きますが、カメラの動作不良により、カラー撮影をあきらめたと言われています。

このケリーのプラズマ IIが基礎となって、2台のカメラでそれぞれ赤/オレンジ、緑/青を撮影することで3D映画のプロセスが生まれます。「未来の映画(The Movie of the Future)」はニューヨークで撮影され、ルナ・パーク(当時最も人気のあった遊園地)での動きのある映像が呼び物だったようです。



このほかにも、フレデリック・ユージン・アイヴスとヤコブ・リーヴェンタールが開発したステレオスコピクス(Streoscopiks)も1925年に同じくニューヨークで公開されます。「Lunacy」はやはりルナ・パークで撮影され、ローラーコースターや観覧車からみた映像が中心だったようです。異なる原理を利用した3D映画としては、1922年のテレヴュー(Teleview)があります。これは、観客席に双眼鏡のような装置がすえつけてあり、観客はスクリーンをこの装置を通して見ることになります。映画は1コマごとに右目用、左目用の像をスクリーン上に投射します。映画上映に同期して双眼鏡内のシャッターが左右のレンズを交互に開放する仕組みです。




ここで、私は「3D映画」と呼んでいますが、当時は「ステレオスコピック(Streoscopic)・ムービー」と呼び、3D効果のことも「レリーフ効果」と呼んでいました。



Plastigram Stereoscopic Film, 1921 と題されていますが、
これは1926年のStereoscopiksのものだと思われます。

これはGeorge Eastman Houseが保有するStereoscopiksのプリントのようです。左目が青、右目が赤のフィルターで見ると「レリーフ効果」が現れるはずなのですが、ちょっと難しいようですね。プロジェクターを使って大きく投影して見たりしたのですが、どうもしっくり来ません。これが当時の技術の限界だったのか、それともフィルムの保存に伴う問題なのか判別しません。こういう点が、この時代の技術の把握を難しくしている部分でもあるでしょう。しかし、これらの映画の技術的な発達が混迷してゆく様子を見ると、当時の観客にとっては望ましいものではなかった可能性が高いでしょう。

そのような背景からか、このあと、アナグリフ方式でスクリーンの2次元に新しい次元を加えるという試みは、まったく思わぬ方向に展開します。「プロット」の次元です。1927年に発表された「お気に召すまま(As You Like It)」は、ヤコブ・リーヴェンタールとウィリアム・クレスピネルが製作した短編映画です。普通の白黒映画として始まります。仕事場にいった夫の帰りが遅く、やきもきする妻。夫は木材処理場で働いているのですが、そこで悪人に襲われてしまいます。のこぎりのスイッチが入れられ、夫はいまにも真っ二つ。一方、心配のあまり妻は車で夫の仕事場へ。そこで画面に「メガネをかけてください」という字幕が出ます。ここで、
左目(青)だけで見ると
棺桶が仕事場から運び出され、カメラに向かってやってくる。そこで棺おけは真っ二つに割れて、夫の死を暗示して終わる。
右目(赤)だけで見ると
妻は直前に間に合って、のこぎりのスイッチを切り、夫婦は抱き合って終わる。
そう、見る眼によって、悲劇のエンディングか、ハッピーエンディングか選べるのです。

もちろん、現在ではゲームのストーリーテリングの基本的な手法として、複数のバージョンのエンディングというのはごく普通に存在します。しかし、映画では複数のエンディングが同時に公開されるというのは、数えるほどしかありません。「殺人ゲームへの招待(Clue, 1985)」と「ハイド・アンド・シーク 暗闇のかくれんぼ(Hide and Seek, 2005)」はどちらも違う劇場で別々のエンディングが見られると言うものです。マレーシア映画「ハリクリシュナン(Harikrishnans, 1998)」は登場する2人の俳優のそれぞれのファンのために、2つのバージョンのエンディングを用意しました。ファンは自分の好きな俳優のハッピーエンディングが用意されている劇場に行けばよかったのです。しかし、「お気に召すまま」のようにひとつのスクリーン上で二つの違うプロットが同時に進行すると言うのは、後にも先にもこれだけではないでしょうか。残念ながらこの映画のプリントは現存していないようです。

この頃に、ハリウッドのステレオスコピック映画熱はいったん冷めてしまいます。これらの映画が公開されたのは、都市部、ほとんどニューヨーク市内に限られていたようですが、本当はどのくらい上映されていたのでしょうか。一方で、カラー映画は、テクニカラーが3ストリップ式を10年ほどかけて完成させます。1930年ごろには、一時期だけワイドスクリーンもブームになります。しかし、この時期の最も重要な技術競争と言えば、映画のサウンド化(トーキー化)であり、数多くの方式が特許を抱えて競い合っていました。そのような技術の嵐の中、ステレオスコピック映画はあっという間に忘れ去られてしまいました。

2014年10月20日月曜日

疲労困憊の3D映画(3)



3D映画を観ると疲れる

Bernard Mendiburuの”3D Movie Making: Stereoscopic Digital Cinema from Script to Screen”(2009 Elsevier)には詳細に3D映画の原理とプロセスが書かれています。そこにも「両目の焦点(Focus)と輻輳(Convergence)の関係が、実際の3次元の空間を見る場合とは異なること」についても、もちろん言及されています(p.20)。


実空間での焦点/輻輳の関係(左)と3D映画での焦点/輻輳の関係(右)

Mendiburuは

この焦点/輻輳の非同期は、多くの人が難なくしていることであり、そうでなければ3D映画は存在しない。
This focus/convergence de-synchronization is something most of us do without trouble, or 3D cinema would just not exist.

と言っています。しかし、この根拠は示されていません。本当に「難なくしていること」なのでしょうか?

この本が出てから4年後に発表された、Angelo G. Soliminiの論文("Are There Side Effects to Watching 3D Movies? A Prospective Crossover Observational Study on Visually Induced Motion Sickness ", PLOS, Published: February 13, 2013, DOI: 10.1371/journal.pone.0056160)には、とても「多くの人が難なくしていること」とは思えない状況が述べられています。

ヴァーチャル・システムや操縦シミュレーター、3Dディスプレイを見ることで、視覚疲労(visual fatigue)や「乗り物」酔い(motion sickness)が起きることが報告されています。特に動画を見ることで起きる酔いはVIMS(visually induced motion sickness)と呼ばれています。

視覚疲労の症状としては、眼の不快感、疲れ、痛み、乾き目、涙目、頭痛、さらには、視界がかすんだりや二重に見えたり、焦点を合わせるのが困難になったりします。まさしく、焦点/輻輳の非同期が、この視覚疲労を引き起こしていると主張の研究もあります。一方でそれは原因ではなく、関連がみられるというだけではないか、という意見もあります。もともと潜在的に両眼視に問題を持っている人も多く(本人も気づいていない)、その場合は視覚疲労が発生する率はさらに高いと考えられます。

VIMSは、視覚で得られている動きの情報と、実際に身体が知覚する動きの情報が矛盾していることで発生すると考えられています。たとえば、ジェットコースター上で撮影された映像をじっと座って見ている場合、観客の視覚は高速で激しい動きの情報を送っているのに、体はまったく静止したままであるため、その矛盾を解決できずに「酔い」という症状になってあらわれるようです。このとき、「身体が知覚する動きの情報」というのは、実に複雑で、三半規管からの情報だけではなく、関節にかかる力、肌に触れる空気の流れ、などありとあらゆる情報を総合しているといわれています。動きの方向、速度、加速度だけでなく、環境からの刺激や、その変化なども、動きの情報として加わっているのです。
 
VIMSについて産業技術総合研究所の渡邊洋氏らが研究した結果は非常に興味深いものです。観客に2D、3D、そして「不適切な」3D映像を見せ、視覚疲労や自律神経系の反応を調査しました。ここで「不適切な」3D映像とは、左目と右目が見る像を上下にずらしたり、入れ替えたり、色味を変えたりして、通常の3D画像として認識できなくしたものをいいます。結果的には、「不適切な」3D映像を見た場合に疲労やVIMSを感じる観客は多いのですが、実は交感神経系の反応は3D映像をみるだけで上昇し、適切であるか不適切であるかは関係がないという結果になりました。

しかし、イギリスのローボロー大学のピーター・A・ホワースは、このような一連の実験から「3D映画の害悪」を安易に導き出すことは注意しなければいけないとも言っています(ちなみに上記の論文ではそのような結論を述べてはいません)。3D映画と2D映画を被験者に見せて効果を観察するという実験方法について、以下のように述べています。

このような(実験)アプローチの問題は、立体視(ステレオプシス)は他の要素 ーこの場合はVIMS刺激の強度だがー を仲介して、立体視3Dイメージとの関連はあるが、決して原因ではない条件に差ができてしまうかもしれない、という点である。
The problem with this approach is that the stereopsis could mediate other factors – in this case the strength of the VIMS stimulus – leading to differences between the conditions which are associated with the stereoscopic 3-D images, but not necessarily caused by them.

別の言い方をすれば、実験で3D映画を観ることによるVIMSが増加することが事実だとしても、それがどのような仕組みで起こるのかは簡単には明らかにならないだろう、ということです。

被験者に静止した球(上段)と3D映画(下段)をVRDで見せた場合の体の重心の動き
左は両足を閉じて、右は開いて。
(Stabiliogram-Diffusion Analysisを用いた解析)
Computer Technology and Application 3159-168 (2012)



では、1950年代に3D映画がアナグリフ方式ポラロイド方式で普及したときには、このような身体的な不快感や変化は報告されなかったのでしょうか?学術誌や業界紙にはあまり報告はないのですが、やはり頭痛を起こす人たちはいたようです。人気TV番組「アイ・ラブ・ルーシー」のプロデューサーで、TV番組制作のパイオニアでもある、ジェス・オッペンハイマー(1913 - 1988)は、1950年代の3D映画のブームの際にある発明をします。「3D映画を2Dでみるメガネ」だそうです。これは、彼が奥さんと3D映画を観にいったとき、観客の中に3Dメガネの上から片手で片方を隠している人たちがいて、不思議に思ったことが発端です。それが両目で(3Dで)観ると頭痛がするからだ、と知って、そのような人たちのためにメガネを作ったのです。このメガネが売り出されたのか、効果があったのかはわかりません。

ジェス・オッペンハイマーの3D→2Dメガネ
Popular Mechanics, January 1955

3D映画を鑑賞することで身体に不快感を感じている人は明らかにいます。しかし、それがどのようなメカニズムで発生しているのかは、まだ研究段階で、安易な結論は避けなければなりません。ここ数年でも、VIMS専門の学会が2回、専門誌による特集号も何回も発行されています。3D映画のどのような部分が、視覚疲労につながるのか、VIMSにつながるのか、また疲労が出やすい人とそうでない人には相違があるのか、など科学的に解明されなければ、明らかな因果関係があるとは言い切れないでしょう。

問題は、この3D映画の問題は、エンターテーメント業界が商業的に作り出してきたものだという点です。彼らが3D映画に商業的な価値が見出せない、となると研究し続けること自体に意味がなくなっていきます。それがヴァーチャル・リアリティにスライドしたとして、多くの部分は流用できるにせよ、もう一度問題の定義をしなおし、データを蓄積していく必要があるかもしれません。

「アバター」に端を発した3D映画への期待と投資は、明らかに岐路に差し掛かっています。ジェームズ・キャメロンがなかば強迫的に3D映画への転換を迫ったことで、配給と上映のデジタル化が進んだことは事実です。しかし、常に「新しい体験」という言葉を持ち出して、 次のものを売ろうとしても、前のものが「大したことなかった」と思われていれば、自然に投資が鈍るとも限りません。この「新しい体験」を十分な映画表現、エンターテーメントのツールとしての把握と制御ができるものにするまで、まだ時間がかかるように思われます。

(4)に続く

2014年10月18日土曜日

疲労困憊の3D映画(2)

via. wonderfulengineering
 
50年代とは違うシナリオ

2000年代後半から注目され始めたハリウッドの3D映画のビジネスモデル、あるいは普及のシナリオは1950年代とは違うのだとする意見もあります。Thomas Elsaesser の「The ”Return” of 3D」は、その相違として4点を論じています。

(1)長期的な3D映画の目標は、パーソナルな消費(DVD、ゲーム、スマートフォン etc.)である。
(2)3Dの視覚芸術は(ドルビー・サラウンドなどの)3Dの聴覚芸術を補完する性質のものである。
(3)3Dの視覚芸術は歴史的には2Dに先行していた技術でもあった。
(4)デジタルの3Dは、美学的な見地から「見えない」特殊効果を目指している。

実はこれらは、2000年以降、3D映画が議論される際によく目にする論点です。私はこれらの論点こそ、多くの人が指摘する「3D映画の失速」を物語っているのではないかと思っています。
パーソナルな消費、小さなスクリーンでの3D映画、エンターテーメントの可能性、というのは、実際の3Dディバイスに対する市場の冷ややかな反応を見ると、その可能性は著しく萎んでしまっているとしか言えません。「ニンテンドー3DSは『3Dであるにもかかわらず』売れた」とされ、3Dのスマートフォンはほとんど注目されませんでした。そのような現状は、ディバイス、およびそれに対応したソフトウェアの開発への投資を一挙に鈍らせます。私自身、家庭用の3Dディスプレイに必要な材料の研究開発の現場の状況をわずかながら知っていましたが、結局R&Dや商品戦略を考える上で、「量が出ない」というのは大きなネックとなり、「技術的な差異化」「次世代のディバイス」といった切り口は殆ど意味をもちません。特に3Dディスプレイの場合、仮に商品化したとしても、そこから先に伸びていくマーケットが見えにくいのです。そういう、業界全体の投資が減速し始めると、加速度的に縮小し、おそらく現在では「パーソナルな消費」はほぼ壊滅したといってもいいと思います。

(2)の議論は (1) と整合性がありません。パーソナルな消費が仮に存在したとしても、劇場でのサラウンドシステムを再現するわけではなく、ヘッドフォンを使用したステレオ音響にサラウンド的なエフェクトを施しただけです。また、劇場での鑑賞に絞ったとしても、ドルビーサラウンドが「3D」を構築しているとはとても思えません(著者はなぜかドルビー・ノイズ・リダクションが3Dをもたらしたと言っていますが)。ドルビーのATOMOSは、3D的な音像設計を目指していますが、この普及はこれからです。

1860年頃の3Dステレオグラム

ステレオグラムは、19世紀から絵や写真を立体的に鑑賞するものとして普及し人気がありました。しかし、「先行した」技術であることと、それが継続的なエンターテーメントとして機能するかは別問題です。むしろ、ステレオグラムやそれに類するノヴェルティは立ち消えることなく、ずっと映画やTV、ビデオやネット動画と並行して存在し続けていたことを考えると、なぜそのノヴェルティの位置から抜け出せないでいるかを考える必要があります。

Elsaesserは次のように言います。

3-D を、アトラクション映画ではなく、空間の奥のほうから物を投げたり驚かせたりするものではなく、デジタル画像の柔軟性やスケーラビリティや流動性、その曲面性を、音響と視覚の空間に導入し、物語の統合へむけた新しい映画の最先端と考えてみてはどうだろうか。水平線をなくし、消失点を宙に浮かせ、距離を淀みなく変化させ、カメラを解き放ち、観察者を恍惚とさせる - そうすれば、その美的可能性は、スーパーヒーローやおもちゃやSFファンタジーに飢えた子供たちくらいしか喜ばない馬鹿げた話以上のものを語れるようになるだろう。

著者の呆れ果てたスノビズムを度外視しても、本当に3D映画が物語り -Narrative- に新しい地平を開くのかどうか、考える必要があります。正確に言うと、3Dがもたらす新しい物語りが、3D によって失われる物語りよりもはるかに魅力的か、ということです。アナロジーで言うなら、サイレントからトーキーに移行したときに失われた物語りと得られた物語りで、トーキーによって得られたものが「美的可能性」の上においても十分魅力のあるものだったが、それと同じことが3Dにも言えるだろうか、という問いです。

私は、この問いに答えるためには、3D映画はまだ十分に可能性が探られていないと考えます。Elsaesserもあげている「Cave of Forgotten Dreams (2011)」などは、その可能性を探索する一歩だとは思いますが、多くの3D映画は、まだその文法を把握することで精一杯だといわざるを得ない。典型的な例が、マイケル・ベイの「Transformer: The Age of Extinction (2014)」でしょう。彼は非常に短いカットをつなぐことで、彼のファンが好むダイナミズムを生み出していたわけですが、3Dではあまりに短いカットでは観客がショットのパースペクティブに慣れることができない。そのため、この映画では彼は5秒以上のショットを重ねるように心がけていたわけです。すなわち、マイケル・ベイは2Dで「魅力的に」使いこなしていた物語りができなくなったのです。その代わりに得たものはどれくらいだったのでしょうか?


ここで、マイケル・ベイを美学的な観点で語るのはおかしいだろうという意見もあるかもしれません。しかし、Elsaesserのいうところの「スーパーヒーローやおもちゃやSFファンタジーに飢えた子供たちくらいしか喜ばない馬鹿げた話」でさえ、語り方を模索しているときに、それ以上の語りを模索することをもって3Dの優位性を位置づけるのは、議論として説得力がないと思うのです。

私が強く感じるのは、「どうしたら3D映画は離陸できるのか」ということの筋道が見える前に、経済のダイナミックスで3D映画が消える、あるいは限られた役割しか与えられなくなるのではないかということです。Immersion -没入ー の側面に強く依存していた3D映画の市場開発のシナリオが、次の一手を打つ前に息切れしてしまっていると見えるのです。

(3)に続く
 
 
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