2014年3月27日木曜日

広告に載った九つの映画:誘惑 (前篇)

ゲルハルト・ランプレヒト監督
(「ベルリンのどこかで(Irgendwo in Berlin, 1946)」の撮影中、filmportal.de

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誘惑
Die Andere
ゲルハルト・ランプレヒト 監督
Gerhard Lamprecht
クセニア・デスニ、 フリッツ・アルベルティ、 エルシー・フラー 出演
Xenia Desni, Fritz Alberti, Elsie Fuller

ファニー・カールセン、イワン・スミス 脚本
Fanny Carlsen, Iwan Smith

カール・ホフマン 撮影
Carl Hoffmann

ハンス・ヤコビー 美術
Hans Jacoby

アルベルト・ポマー、デア・フィルム、ウーファ 製作
Albert Pommer, Dea Film, Universum Film (UFA)

ウーファ 配給
Universum Film (UFA)

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この映画に関しては、スチール写真が見つかりません。ひょっとすると、古いキネマ旬報なんかには載っているのかもしれませんが。
ロッテルダムの名女優、ブランシェ・テルブルックは医者の勧めにしたがって、南仏ニースで療養することに。お供に若いジョーゼットを連れて、ホテルについた直後に、ブランシェは浴室で死んでしまいます。ジョーゼットは、この機会に乗じてブランシェになりきり、リゾート地の注目の的になりますが

監督のゲルハルト・ランプレヒト(1897 - 1974)はドイツ映画界に重要な足跡を二つの意味で残しています。ひとつは、サイレント期から戦時中、戦後は東ドイツそしてその後西ドイツにいたるまで、職人的な映画監督としてヒット作を出し続けたこと、そしてもうひとつは、映画コレクターとしてドイツの映画遺産を後世に遺したという功績があります。彼の代表作は「少年探偵団(Emil und die Detektive, 1931)」で、その他にも「黒騎士(Der Schwarze Huser, 1932)」、「真紅の恋(Spione am Werk, 1933)」など良質なエンターテーメントで知られています。しかし、近年になって見直されているのが、サイレント期に撮られた「第五階級(Der Verrufenen, 1925)」、「私生児(Die Unehelichen, 1926)」、「互いの中の人々(Menschen untereinander, 1926)」という三部作です。これらは、当時のドイツの最下層の人々の生活を描いた社会派の作品で、数年後のキング・ヴィダー監督の「群集(The Crowd, 1928)」や、戦後イタリアのネオリアリスモを先取りしたかのような映像の作品です。「第五階級」は、ハインリッヒ・ツィレの風刺画の世界を再現しようとする試みでした。ベルリンの安アパートに暮らしていた人たち -地方からより良い賃金を求めてきたものの、結局更なる貧困に突き落とされてしまった人たちー の生活を、ユーモアを交えて赤裸々に描いて見せたツィレのイラストは、非常に人気があり、表現主義とは一線を画す、別の大都会の一面を浮き彫りにするものでした。それを下敷きにし、さらに発展させたランプレヒトの作品群は、社会派と位置づけられるものの、その頃台頭しつつあったプロレタリアート映画(ソビエト映画に影響を受けた一派)とは違い、自然主義的なアプローチに終始しています。

「第五階級(Der Verrufennen, 1925)」から
無職の男達
 
トーキーへの転換時期にエーリッヒ・ケストナー原作、ビリー・ワイルダー脚本の「少年探偵団」を撮りましたが、これは爆撃で失われる前のベルリンの街 ―エーリッヒ・ケストナーが描いた街― を写し取った佳作です。30年代もいくつかのヒット作を監督、ナチスが政権を奪取した後も、彼は特に政治的な作風に陥ることはなかったようです。1945年に敗戦した直後、彼はソビエト赤軍管轄下にいてフィルムアクティフ(Filmaktiv)というグループの一員となり、1946年、東ドイツ初の映画スタジオDEFAに参加します。そこで当時のドイツ映画としては珍しい、廃墟のベルリンを舞台とした「ベルリンのどこかで(Irgendwo in Berlin, 1946)」を監督します。1949年には西ドイツに、そこで数作を監督しますが、このころから彼の関心事は映画史のほうへ移っていきます。彼が若いころに映写技師として働いていたときから収集し始めた膨大な映画のコレクションをもとに1962年にドイツ・シネマテークが設立されました。


「少年探偵団(Emil und die Detektiv, 1931)」

出演者のひとり、フリッツ・アルベルティ(1877 - 1954)は、もともと建築業界で働いていましたが、1920年頃から役者に転向し、1920年代は脇役として人気がありました。1928年だけでも10本もの映画に出演しています。1935年に役者を廃業、ナチス統制下で作られた芸術家などの職業団体NSBOの会計係をつとめ、党の意向に服従しない役者の解雇やゲッベルス基金の管理などを任されていました。

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