2014年3月8日土曜日

広告に載った九つの映画:心の喜劇 (前篇)


「心の喜劇」
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心の喜劇
Komödie des Herzens

1924

ロフス・グリーセ 監督
Rochus Gliese

リル・ダゴーヴァー、ナイジェル・バリー、アレクザンダー・ムルスキ 出演
Lil Dagover, Nigel Barrie, Alexander Murski

ソフィー・ホッホスタッター 原作
Sophie Hochstätter

ロフス・グリーセ、F・W・ムルナウ 脚本
Rochus Gliese , F.W. Murnau

テオドル・スパールクール 撮影
Theodor Sparkuhl

ロベルト・ヘルルト、ワルター・レーリッヒ 美術
Robert Herlth, Walter Röhrig

エーリッヒ・ポマー、ユニオン・フィルム 製作
Erich Pommer, Union-Film

ウーファ 配給
Universum Film (UFA)

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有名ダンサーのゲルダはヴィンゼンス男爵と長い間進展の無い関係を続けている。ヴィンゼンス男爵は遠い親戚の城に移り住むことになり、そこに住んでいたインゲという娘と恋に落ちた。その町にゲルダの劇団がやってくる...

これは、「美術監督」が多く関わっている映画です。監督のロフス・グリーセ(1891 - 1978)は、美術監督として有名な人物です。大学で美術史を専攻したのち、ベルリンの舞台で衣装を担当していました。この頃から表現主義(映画の表現主義ではなく、美術界での表現主義です)の影響を強く受け始めました。1913年、「プラハの大学生(Der Student von Prag)」(YouTube)で衣装を担当してから、パウル・ヴェゲナーの映像作品に深く関わるようになります。「ゴーレム」はヴェグナーにより三度映画化されましたが、グリーセはすべてで美術あるいは衣装を担当しています。またその後は、F・W・ムルナウ(この映画でも、脚本に関わっています)の作品でも美術を担当しています。「燃ゆる大地(Der brennende Acker, 1922)」(YouTube)「追放(Die Austreibung, 1923)」「大公の財政(Die Finanzen des Grossherzogs, 1923 )」(YouTube)とムルナウ作品の美術を担当し、1927年には彼と共にハリウッドに渡って「サンライズ(Sunrise, 1927)」の美術・セットを担当します。「サンライズ」がその後のハリウッドに与えた影響は計り知れません。ディープ・フォーカス(パン・フォーカス)を多用した構図、遠近法を強調したセット、セットを縦横無尽に動くカメラ、どれをとっても非常に緻密に計算された作品です。たとえば、街のオープンセットは、カメラの位置から遠くなるほど建物や車を小さくし、遠近法を強調することで広さを表現しています。(遠景では小人症のエキストラを配置しました。この手法はマイケル・カーチスが「カサブランカ(1942)」で使っています。)部屋の内部でさえ、カメラの位置にあわせたパースペクティブで作られています。このときのグリーセのアシスタントにエドガー・G・ウルマーもいます。

「サンライズ(1927)」のためのスケッチ
(ロフス・グリーセ)

「サンライズ」


「サンライズ」のためのスケッチ
(ロフス・グリーセ)

「サンライズ」のためのスケッチ
(ロフス・グリーセ)
「サンライズ」
ハリウッドからドイツに戻ったのちは、主に舞台美術を担当するようになります。特にナチスが政権を握ってからは、グスタフ・グリュンドゲンス(Gustaf Gründgens)の庇護のもと、ベルリンのヘッセン州立劇場の美術担当となります。グリュンドゲンスは、自身ゲイであることを公にしており、ゲッベルスやヒムラーは今にでも強制収容所送りにしたいと思っていたのですが、ヘルマン・ゲーリングの大のお気に入りの俳優でした。ゲーリングは彼のパトロンとなるばかりでなく、ヘッセン劇場のトップに任命までしました。グリュンドゲンスは、その立場を利用して、彼の元でゲイや旧共産党員などの芸術家をナチスの手が届かないようにかくまっていたと言われています。彼はトーマス・マンの娘エリカ(彼女もゲイでした)と一時期結婚しており、その弟のクラウス・マン(彼もゲイでした)と一緒に暮らしていた時期がありました。このクラウス・マンが、ナチスに屈したグリュンドゲンスを題材にした「メフィスト」をアムステルダムで出版、戦後にドイツ語版が出版され物議を醸しました。

グスタフ・グリュンドゲンス
フリッツ・ラングの「M(1931)」


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