2014年10月20日月曜日

疲労困憊の3D映画(3)



3D映画を観ると疲れる

Bernard Mendiburuの”3D Movie Making: Stereoscopic Digital Cinema from Script to Screen”(2009 Elsevier)には詳細に3D映画の原理とプロセスが書かれています。そこにも「両目の焦点(Focus)と輻輳(Convergence)の関係が、実際の3次元の空間を見る場合とは異なること」についても、もちろん言及されています(p.20)。


実空間での焦点/輻輳の関係(左)と3D映画での焦点/輻輳の関係(右)

Mendiburuは

この焦点/輻輳の非同期は、多くの人が難なくしていることであり、そうでなければ3D映画は存在しない。
This focus/convergence de-synchronization is something most of us do without trouble, or 3D cinema would just not exist.

と言っています。しかし、この根拠は示されていません。本当に「難なくしていること」なのでしょうか?

この本が出てから4年後に発表された、Angelo G. Soliminiの論文("Are There Side Effects to Watching 3D Movies? A Prospective Crossover Observational Study on Visually Induced Motion Sickness ", PLOS, Published: February 13, 2013, DOI: 10.1371/journal.pone.0056160)には、とても「多くの人が難なくしていること」とは思えない状況が述べられています。

ヴァーチャル・システムや操縦シミュレーター、3Dディスプレイを見ることで、視覚疲労(visual fatigue)や「乗り物」酔い(motion sickness)が起きることが報告されています。特に動画を見ることで起きる酔いはVIMS(visually induced motion sickness)と呼ばれています。

視覚疲労の症状としては、眼の不快感、疲れ、痛み、乾き目、涙目、頭痛、さらには、視界がかすんだりや二重に見えたり、焦点を合わせるのが困難になったりします。まさしく、焦点/輻輳の非同期が、この視覚疲労を引き起こしていると主張の研究もあります。一方でそれは原因ではなく、関連がみられるというだけではないか、という意見もあります。もともと潜在的に両眼視に問題を持っている人も多く(本人も気づいていない)、その場合は視覚疲労が発生する率はさらに高いと考えられます。

VIMSは、視覚で得られている動きの情報と、実際に身体が知覚する動きの情報が矛盾していることで発生すると考えられています。たとえば、ジェットコースター上で撮影された映像をじっと座って見ている場合、観客の視覚は高速で激しい動きの情報を送っているのに、体はまったく静止したままであるため、その矛盾を解決できずに「酔い」という症状になってあらわれるようです。このとき、「身体が知覚する動きの情報」というのは、実に複雑で、三半規管からの情報だけではなく、関節にかかる力、肌に触れる空気の流れ、などありとあらゆる情報を総合しているといわれています。動きの方向、速度、加速度だけでなく、環境からの刺激や、その変化なども、動きの情報として加わっているのです。
 
VIMSについて産業技術総合研究所の渡邊洋氏らが研究した結果は非常に興味深いものです。観客に2D、3D、そして「不適切な」3D映像を見せ、視覚疲労や自律神経系の反応を調査しました。ここで「不適切な」3D映像とは、左目と右目が見る像を上下にずらしたり、入れ替えたり、色味を変えたりして、通常の3D画像として認識できなくしたものをいいます。結果的には、「不適切な」3D映像を見た場合に疲労やVIMSを感じる観客は多いのですが、実は交感神経系の反応は3D映像をみるだけで上昇し、適切であるか不適切であるかは関係がないという結果になりました。

しかし、イギリスのローボロー大学のピーター・A・ホワースは、このような一連の実験から「3D映画の害悪」を安易に導き出すことは注意しなければいけないとも言っています(ちなみに上記の論文ではそのような結論を述べてはいません)。3D映画と2D映画を被験者に見せて効果を観察するという実験方法について、以下のように述べています。

このような(実験)アプローチの問題は、立体視(ステレオプシス)は他の要素 ーこの場合はVIMS刺激の強度だがー を仲介して、立体視3Dイメージとの関連はあるが、決して原因ではない条件に差ができてしまうかもしれない、という点である。
The problem with this approach is that the stereopsis could mediate other factors – in this case the strength of the VIMS stimulus – leading to differences between the conditions which are associated with the stereoscopic 3-D images, but not necessarily caused by them.

別の言い方をすれば、実験で3D映画を観ることによるVIMSが増加することが事実だとしても、それがどのような仕組みで起こるのかは簡単には明らかにならないだろう、ということです。

被験者に静止した球(上段)と3D映画(下段)をVRDで見せた場合の体の重心の動き
左は両足を閉じて、右は開いて。
(Stabiliogram-Diffusion Analysisを用いた解析)
Computer Technology and Application 3159-168 (2012)



では、1950年代に3D映画がアナグリフ方式ポラロイド方式で普及したときには、このような身体的な不快感や変化は報告されなかったのでしょうか?学術誌や業界紙にはあまり報告はないのですが、やはり頭痛を起こす人たちはいたようです。人気TV番組「アイ・ラブ・ルーシー」のプロデューサーで、TV番組制作のパイオニアでもある、ジェス・オッペンハイマー(1913 - 1988)は、1950年代の3D映画のブームの際にある発明をします。「3D映画を2Dでみるメガネ」だそうです。これは、彼が奥さんと3D映画を観にいったとき、観客の中に3Dメガネの上から片手で片方を隠している人たちがいて、不思議に思ったことが発端です。それが両目で(3Dで)観ると頭痛がするからだ、と知って、そのような人たちのためにメガネを作ったのです。このメガネが売り出されたのか、効果があったのかはわかりません。

ジェス・オッペンハイマーの3D→2Dメガネ
Popular Mechanics, January 1955

3D映画を鑑賞することで身体に不快感を感じている人は明らかにいます。しかし、それがどのようなメカニズムで発生しているのかは、まだ研究段階で、安易な結論は避けなければなりません。ここ数年でも、VIMS専門の学会が2回、専門誌による特集号も何回も発行されています。3D映画のどのような部分が、視覚疲労につながるのか、VIMSにつながるのか、また疲労が出やすい人とそうでない人には相違があるのか、など科学的に解明されなければ、明らかな因果関係があるとは言い切れないでしょう。

問題は、この3D映画の問題は、エンターテーメント業界が商業的に作り出してきたものだという点です。彼らが3D映画に商業的な価値が見出せない、となると研究し続けること自体に意味がなくなっていきます。それがヴァーチャル・リアリティにスライドしたとして、多くの部分は流用できるにせよ、もう一度問題の定義をしなおし、データを蓄積していく必要があるかもしれません。

「アバター」に端を発した3D映画への期待と投資は、明らかに岐路に差し掛かっています。ジェームズ・キャメロンがなかば強迫的に3D映画への転換を迫ったことで、配給と上映のデジタル化が進んだことは事実です。しかし、常に「新しい体験」という言葉を持ち出して、 次のものを売ろうとしても、前のものが「大したことなかった」と思われていれば、自然に投資が鈍るとも限りません。この「新しい体験」を十分な映画表現、エンターテーメントのツールとしての把握と制御ができるものにするまで、まだ時間がかかるように思われます。

(4)に続く

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