3D映画の伸び悩み
今年はじめからいくつかの記事で「3D映画が観客に飽きられ始めている」ということが言われています。モルガン・スタンリーの分析では、2011年のピークから3D映画の売上げは下がり続け、それにあわせて3Dの公開本数も減少しています。BFIの調査では、劇場で2Dよりも3Dを選ぶ観客の比率がこの数年で減少しており、3D映画への期待が薄れていることを示しています。
この夏はハリウッドにとって8年振りの低調な興行成績に終わってしまいましたが、その原因として、ワールドカップがあったことや、凡庸な結果に終わった話題作があったことなどの他に、3D映画の伸び悩みがあったことも指摘されています。「家族で映画を見に行って、ポップコーンとコーラを買ったら1日分の給料が飛んでいく」というコメントを読んだことがありますが、2時間ほどの体験として3D映画の特別料金を支払うだけの価値を見出せるか、というところに観客の関心が向き始めているようです。
数年前から3D映画は本当に「体験」「興奮」を提供するのだろうか、ということは疑問視されてきました。2011年のアメリカ心理学会の調査で、400人の学生を対象に「不思議の国のアリス」と「クラッシュ・オブ・タイタンズ」の2D版と3D版を見せてアンケートをとったところ、2Dと3Dに「興奮度」「心に残る体験」としての差はほとんど見られない、という結果がありました。
もともと、3D映画の仕組みが不自然であることは否めません。スクリーン上に映し出された像を、特殊なメガネで観賞することで3次元の幻影を見るのですが、両目の焦点(Focus)と輻輳(Convergence)の関係が、実際の3次元の空間を見る場合とは異なります[1]。この不自然さをもって、「3D映画は永遠に普及しない」とウォルター・マーチは豪語しました。この記事は2011年のRoger Ebertのサイトに掲載され、多くの反響を呼びました。コメント欄には、まだ3D映画に対して好意的なものが多く見受けられます。
David Bordwellはゴダールの新作についての評論の中で、近年の3D映画に共通して見られる問題として2つ挙げています。ひとつは「coulisse effect」と呼ばれる、(体積的な3次元ではなく)複数の平面が重なったように見える効果、もうひとつは映画が進むにつれ3D効果が薄れる「慣れ」の問題です。私もこの問題には覚えがありますし、多くの人が体験したことではないでしょうか?
バロック・オペラの舞台装置の模型
"coulisse"という言葉はこの舞台装置から来ています
"coulisse"という言葉はこの舞台装置から来ています
多くの観客が「頭痛」や「酔い」を起すことも指摘されています。これは全員におきるわけではなく、一部の人におきるように思われます。しかし、グループでの鑑賞の場合(たとえば家族で見に行く)、一人でも頭痛を起こしやすいとなれば、2Dを選択するようになるのは必至です。ネガティブな効果が繰り返し認められてしまうと、やはり「体験」よりも優先されてしまうのは仕方ないでしょう。
現在のハリウッドのビジネスモデルは、劇場でのチケット売上げよりも、フランチャイズやDVD、ブルーレイといった「副次的な」ビジネスでの利益確保が必須です。3D映画を家庭で観賞することを狙ったハードウェア(3DTV、プロジェクター)やソフトが一気に出ましたが、普及は減速しています。TV放送を3D化することで普及が可能かと思われましたが、BBCは3Dによる放送を棚上げし、ESPNは開発プログラム自体をキャンセルしました。ゲームの分野でも3Dへのシフトが期待されたものの、様々なところで開発が鈍化しているようです。
3D映画技術を提供してきたRealDは、今年になってから重役が相次いで辞任、ヘッジファンドに買収されようとしています。
「アバター」が公開された当初は非常に期待された3D映画ですが、現状を見る限り、1950年代の3Dブームがたどった道を多くの人が思い出しているに違いありません。私は「Immersion(没頭、浸かること)」によって得られる「体験」に過度な期待をかけすぎたのではないか、と思います。ひとつには、そういう体験がどれくらい新鮮でありつづけることができるか、さらには、メガネをかけ続ける不自然さを正当化するだけの体験でありうるのか、ということを考えざるを得ません。もっと根本的な疑問として、2次元の次は3次元、そしてバーチャル・リアリティ、という当然のことのように考えられている「進化」が、技術としては進化しているのかもしれないけれど、エンターテーメントとして「進化」しているのか、ということをひたすら考えてしまいます。
(2)に続く
[1] これは、以下の図で見るとわかりやすいと思います。
[1] これは、以下の図で見るとわかりやすいと思います。
(左)実空間で物体(緑色の星)を視るとき、眼のレンズを使って焦点を合わせ、両眼の交差(コンバージェンス/輻輳)で距離を合わせますが、その焦点距離と輻輳の距離は一致します。
(右)3D映画で、物体(緑色の星)が手前に飛び出しているとき、コンバージェンスは飛び出してきている位置に距離を合わせますが、焦点はスクリーン上で結びます(映画の像が写っているのはスクリーン上だから)。この焦点距離と輻輳の距離の不一致が3D映画を見るときの特徴です。
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