サイレント映画の長回しはなぜ短いのか

街の天使 Street Angel (1928) フランク・ボゼージ監督


ムルナウの『サンライズ(Sunrise, 1927)』が当時のハリウッドの関係者、特にフォックスにいた監督やカメラマンに与えた影響は非常に大きかったと言われています。特にフランク・ボゼージとジョン・フォードは、その影響が非常に如実に映像に表れています。



このショットの撮影の様子
カメラが原始的なクレーンに載せられている

これは『街の天使』のオープニングのショットです。人物と一緒にトラッキングしていたカメラが突然浮き上がり、広場の全景をパンしながらとらえていきます。すると階段に現れた男女にフレームが固定され、今度はそこへ寄っていき・・・と様々に用意された演出にカメラが焦点を合わせながら浮遊し続け、最後にストーリーの焦点となる家の前に集まる人々を映し出します。この1分弱の長回しが、ストーリーの導入部となっています。

ジョン・フォードの『四人の息子(Four Sons, 1928)』では、『サンライズ』のセットを多く使っているだけでなく、カメラの動きも強い影響下にあることがうかがえます。たとえば、『サンライズ』の夜の沼のシーンの対ともいえる、霧の戦場のシーン。ここではカメラはムルナウの時ほど複雑な動きはしませんが、それでも霧の戦場を彷徨うカメラは、都会の女に会いに行く男を追跡するカメラを髣髴とさせます。





先ほど「1分弱の長回し」と書きましたが、今の私たちの感覚からすると、1分程度ではとても長回しとは言わないだろうと思います。サイレント映画では、基本的にショットは短く収めてきていました。トーキーのように、役者たちの長セリフをカットなしで撮影する、というようなことがサイレントにはできないからです。しかし、カメラが動くようになり、その動きがより複雑に浮遊するようになると、ショット長は長くなっていきました。


ところが、3分を超える長回しは存在していません。なぜでしょうか。理由はカメラネガの現像にありました。

当時、カメラネガの現像はフィルムをラックに架けて現像液のタンクに入れる方法がとられていました。このラックに架けることのできるフィルムの最大長が200フィートで、16フレーム/秒(サイレント期の平均的な撮影スピード)で換算するとおよそ3分です。いくらカメラのマガジンを大きくしようが、結局現像で200フィートに切られてしまうので、最長でも3分の長回ししかできないのです [1]。

映画初期の現像の様子(1899)[3]

現像用ラック(1935)[3]

このタンク&ラック式の現像方法は多くの問題を抱えていました。フィルムが現像液につかって収縮したり延伸したりすることで、フィルムがラックから外れたり、ラックに接触している部分の現像がムラになったり(プリントを上映すると、ラックの長さで周期的にムラが出てきたりする)と、生産性が決して高い方法ではなかったのです。それでもこのタンク&ラック式が使用され続けたのは、機械によって大事なカメラ・ネガに傷がついてしまうことを恐れたのと、撮影時の露出不足や過露出を現像で救える、とされていたからでした。ユニバーサルの写真部主任、C・ロイ・ハンターはこう述べています [2]。

 

 

映画フィルムのカメラネガを機械で現像するというのはここ数年検討されてきているが、カメラネガは非常に高価なものであり、その扱いには極度の慎重さが要求されるため実用化が敬遠されてきた。

また、(撮影上の)問題があるネガでも現像工程で救済できる、あるいは少なくとも改善できると言う間違った考えのために、機械による現像が困難になっていた。

「カメラネガが高価である」というのは、その撮影のために多くの資金(セット、役者、監督 etc.)が費やされ、たった1度きりの機会を撮影したものなので、傷めてしまうと取り返しがつかない、と言う意味です。そういう観点では、映写用のプリントの現像はもう既に何年も前から機械化されていたのです。またハンター氏は「現像によって下手な撮影を救済する」という考え方を間違っていると一蹴しています。

ユニバーサルでは、映写プリント用の自動現像機のSpoor-Thompsonに、カメラネガを傷つけないように様々な改良を加えてテストを開始します。そして、『笑う男(The Man Who Laughs, 1928)』ではじめて連続式現像装置を導入しました。『笑う男』は6ヶ月にわたる撮影でしたが、その長い撮影期間にもかかわらず現像してみるとバラツキがみられませんでした。従来のタンク&ラック式では、季節による温度変化のため、現像の出来が冬と夏では違う、といったことが起きていましたが、その心配がなくなったのです。

ユニバーサルが導入したSpoor-Thompson現像機 [3]

現像機の処理能力は1時間当たり4000フィート以上で、どんな長さのネガでも切らずに現像できる。これはタンク&ラック式の現像法では望めない。シーンを切ることはシーンの連続性(コンティニュイティ)にとって非常に有害だ。最近の映画製作では、一つのショットでロングショット、セミロングショット、クローズアップを途中止めることなく一続きで見せるようなアプローチショットが多い。機械式現像機のこの特徴は、最近の映画製作にとって、非常に大きな力になるに違いない。


ハンター氏は述べていないのですが、この後、トーキーの到来と共に、この機械は光学式のサウンドトラックの現像においては非常に重要な役割を担うことになります。サウンドトラックは、常に同じ条件で現像される必要があるからです。

[1] An Evening's Entertainment: The Age of the Silent Feature Picture, 1915-1928, R. Koszarski, University of California Press, 1994, p.174
[2] "A Negative Developing Machine", C. Roy Hunter, Transactions of the Society of Motion Picture Engineers; April 1928; 12:(33) 195-204
[3] A Technological History of Motion Pictures and Television, R. Fielding, University of California Press, 1967