Nick Carter Stories, 1915年2月6日, 126号
Archive.orgより

歴代のフィクションの探偵のなかで、週刊誌、映画、小説、ラジオにまで登場し半世紀にわたって最も人気があったにもかかわらず、今はすっかり忘れ去られているキャラクターがいる。1886年にデビューしたニック・カーターである。

ニック・カーターは、ストリート&スミス社が創りだした、鋭い頭脳と強靭な身体能力を備えもつ、スーパー・ヒーローである。彼は変装の天才でフランス人の役人から日本人にまでなりきることができる。3言語の読唇術は朝飯前だ。それに彼は紳士で酒も飲まなければ、タバコも吸わない。このキャラクターが、大活躍する短編小説が毎週発行され、飛ぶように売れた。だが、これはある一人の作者が創りだしたキャラクターではない。私達は、フィクションの探偵というと、コナン・ドイルがシャーロック・ホームズをベイカー街に生み落としたように、アガサ・クリスティがエルキュール・ポアロにフランス訛りの英語を喋らせたように、一人の想像力豊かな作家が造形するのが当然だと思っている。しかし、ニック・カーターは、ストリート&スミスの編集者たちが編み出したキャラクター像にあわせて、請負の作家が安い原稿料で書いたものであった。

19世紀後半から20世紀初頭までのパルプ・フィクション全盛の時代には、このシステムが多くのジャンル小説に採用されていた。実際に、どんなプロセスだったのか。『パブリッシャーズ・ウィークリー』の1892年8月号に、その実態を調査した記事が掲載されている [1]。

ニューヨークの裏通りにある、「文学工場」と呼ばれるこのオフィスには、30人以上の女性が雇われている。彼女達の仕事は、アメリカ中の日刊紙、週刊誌を読むこと。彼女たちは、そのなかから「奇妙な話」、多くの場合、都市で起こる事件を選び抜いて集め、それをマネージャーに手渡す。マネージャーたちは、そのなかから、面白いネタになりそうなものを更に選び出し、それを5人の非常に優秀な女性ライターに渡す。彼女たちは、その厳選された「奇妙な話」の骨格を抜き出して、プロットを書き出すのだ。

この「骨格だけのプロット」はチーフマネージャーに渡される。チーフマネージャーは、100人を超える契約作家たちのなかから選び出した候補者に、内容、章数、文字数、納期とレート(原稿料)を指定して連絡を入れる。それらの契約作家の中でも優秀な者はペンネームで作品を発表されるが、その優秀な作家だけでは、とても消費者の需要を満たすことができない。そこで、安いレートでゴーストライターたちに書かせていた。多くの場合、1語1セントかそれ以下であった。これらのゴーストライターは、昼間の仕事を持ちながら、夜や休日に小説を書く者達がほとんどであったという。

ニック・カーターのキャラクターで発行された小説は、1000冊を超えると言われている。1940年代のラジオ番組は、同じくドラマ『シャドウ(Shadow)』と共に、黄金期のラジオミステリードラマの代表番組である。そのニック・カーターが、今は本国のアメリカでさえほとんど忘れ去られてしまい、パルプ・マガジンの時代は1920年代から始まる、と誤解されている。たとえジャンル小説とはいえ、「作家」が見えないものは、「作家」の存在を強く望む世紀を通り過ぎていく間に、「作品」も見えなくなっていったようだ。



UNKNOWN HOLLYWOODのトークで流す予定だった動画。
この時代のニック・カーターは、マシンガンを撃ちまくっている。

References

[1] John Walton "The Legendary Detective: The Private Eye in Fact and Fiction"