「映画とは何か」「フィルム・ノワールとは何か」といった、「○○○○とは何か」といったタイトルを映画批評ではよく見かけるのだが、風呂敷が大きいだけで、広げる場所が間違っているような印象をいつも受けている。だが、「フィルム・ノワールとは何か」については、さすがに困っている。その定義が極めて曖昧で、流動的で不定形で、どんな映画を《フィルム・ノワール》と呼ぶのかという点も絶えず変化しているからだ。1980年代には、1940年代から50年代の一握りのハリウッド娯楽作品を指すものだと主張されていたが、今ではIMDBで『獣人島(Island of Lost Souls, 1932)』に film noir のタグがつけられてしまうほど自由自在に解釈されているようだ。《濫用》されているといってもよいだろう。そんな調子だから、《フィルム・ノワール》についての様々な記述や批評を読んでいると、あまりにいろんな齟齬が目立ち、疑問が沸き起こり、全く疑わしい土台のうえに分析や解釈が堂々と展開されている様子に出くわしたりする。私は、そういう定義の食い違いや齟齬について議論したり、分析したりすることには、あまり興味がないのだが、一度は整理して見る必要を感じている。そこで、残念ながら今回ばかりは「フィルム・ノワールとは何か」という風呂敷を、間違った場所に広げてみることにした。

『ビッグ・コンボ(The Big Combo, 1955)』
監督:ジョセフ・H・ルイス
撮影:ジョン・オルトン

フィルム・ノワールとは何か

まず、足掛かりとしてデヴィッド・ボードウェルの有名な文章(1985年)を引用する[1]

フィルム・ノワールとは何か?ジャンルではない。ジャンルなら、プロデューサーや観客のいずれも、はっきりと認識できるはずだからだ。人々は意識的に選択して、西部劇、コメディ、あるいはミュージカルを製作するだろうが、そういう意味合いで、フィルム・ノワールを作るぞ、見るぞといって作ったり見たりする人はいない。では、フィルム・ノワールはスタイルなのか?批評家たちは、ノワール独特の視覚的技法を定義することもできないし(例えば『ローラ殺人事件(1944)』と『黒い罠(1957)』の両方ともを含むことのできる技法)、物語構造を定義することもできない(刑事・探偵もの、メロドラマ、そして『秘密指令(1949)』のような歴史ものを含むことができるもの)。

David Bordwell

おそらく、多くの映画ファン、シネフィル、映画批評を書いたり読んだりする人、映画関係の仕事をしている人、そして特にフィルム・ノワールが好きな人は、この文章を読んで思ったこと、言いたいことがいっぱいあるのではないかと思う。だが、その点は心配しなくてもよいだろう。そこは、映画批評界のサンドバッグ、みんな叩くの大好き、ボードウェルである。この40年近くの間、ありとあらゆる角度から、この文章について霊長類が思いつくほぼすべての反論、異論、こき下ろし、暴論、愚論、愚痴、罵り、嘲笑、などなどが浴びせらてきた。今、あなたが思いついたその反論は、すでに誰かが論文に書き、どこかで出版され、なかには重版や改訂を重ねたものもあり、さらにはそれに対する反論も出版されていると思ってもらってよいだろう。

むしろ、世の中の《ノワール》は、このボードウェルの文章を否定するために進化してきたのではないかとさえ思える。《ノワール》はジャンルとしての資格を獲得しつつあって、おそらく「私、ボリウッド・ミュージカルが好きなんです」と同じくらいに「私、韓国ノワール映画が好きなんです」というのは普通に言われるようになったと思う。この20年くらい製作される《ノワール》は視覚的にも統一されてきて、一種のスタイルとして認識されるようになったはずだ。1980年代以降、ジャンルのあいだでのクロスオーバーやスタイルの多様化が進んで、一元的なジャンル論やスタイル分析が難しくなって(あるいは意味をなさなくなって)きてさえいる。

だが、過去において、ボードウェルの文章に対して多くの人が生理的に反応してしまったのは、実はこの文章がそれなりの真実をついていたからではないだろうか。当時、《フィルム・ノワール》は1960年くらいまでのハリウッドの一部の映画のみを指しており、それはジャンルとして統一されていなければ、共通するスタイルも見出しにくいものだった。それなのに「あれがフィルム・ノワール」「これもフィルム・ノワール」「フィルム・ノワールはハリウッドのもの」「いや、フィルム・ノワールを最初に作ったのはフランス人」「違う、アメリカに逃げてきたユダヤ系ドイツ人」「ジョン・ファローはオーストラリア人だぞ」みたいな幼稚な議論をフィルム・ノワール批評家たちが嬉々としてやっていたわけで、そこへボードウェルが冷水をぶっかけたのである。そして、この問題は1940年頃から1960年頃のあいだにハリウッドで製作された(古典的)フィルム・ノワールについては、いまだに解決していない。解決していないどころか、おそらく悪化している。ついこの前も『私は万引きだった(I Was a Shoplifter, 1950)』のブルーレイがフィルム・ノワール・コレクションとして発売されたばかりである。70年前に客寄せのために煽情的にタイトルがつけられたエクスプロイテーション・フィルムを、客寄せのためにフィルム・ノワールとラベルを貼って売っているようにしか見えない。

私は、本音を言うと『私は万引きだった』をフィルム・ノワールで売り出してもらって全然気にしないし、むしろいいプリントから2Kに起こしたのなら、ちょっと見てみたいくらいなのだが、ここで気になっているのは、私が個々の作品についてどう思うかということではなく、今までの、このとっ散らかった議論を一度整理しておかないと「フィルム・ノワール」について書いていることが焦点のぼやけたものになりかねないな、と思ったからである。

ここで、このあとの議論をしやすくするために、あらかじめ一つだけ、ことばの使い分けを明確にしておく。

日本語圏では、《フィルム・ノワール》という言葉は製作年代と製作国に関係なく使用されることが多い。だが、英語圏では《フィルム・ノワール》は1940年から1958年のあいだにハリウッドで製作された、ある種の特徴をもつ、一連の作品にのみ使っている。IMDBの「film noir」のタグを見ていただくと分かるが、1959年以降の作品にはついていないはずだ。Wikipediaなどでも、それ以降、特に1970年代以降に製作された映画は《ネオ・ノワール》と呼んで区別している。ここでも混乱を避けるために、1940年代~1958年頃までの作品についてのみ《フィルム・ノワール》を使い、1970年代以降の作品については《ノワール》という言葉を使うことにした。ただし、日本の論者の文章を引用する際には、原文そのままとする。例えば、加藤幹郎は「フィルム・ノワール」をどの時代の作品にも使っているが、それはそのままにしている。

形容詞としての《ノワール》

まず、一般的には(・・・・・)どんな使われ方をしているのだろうか。つまり、映画のマーケティング、紹介記事、ストリーミングサービスでのタグ付けといった、映画史の正確な理解や、批評的ジャンル分析の知識をそれほど必要としない場で、「ノワール」という言葉はどう用いられているのだろうか。全体を俯瞰することはとても無理なので、ある例を考えてみたい。

おそらく、ギレルモ・デル・トロ監督の『ナイトメア・アリー(Nightmare Alley, 2021)』をノワールと呼ぶことに異論を唱える人はいないだろう。だが、この映画がなぜノワールと呼ばれるのかという問いになると、容易に答えることができなくなる。運命と駆け引きをしようとした男が奈落の底に落ちるストーリーだから、ノワールなのだろうか?あるいは、同じ原作から製作された『悪魔の往く町(Nightmare Alley, 1947)』がフィルム・ノワールの古典的名作と呼ばれているから、ノワールに分類されるのだろうか?ノワールの視覚的特徴が随所に現れているからだろうか?

視覚的には、それ(ノワール)からなるべく遠ざかろうとしたんだ。視覚的には、実際の世界で起きたこととして映画にしようとしたし、なるべく様式的にならないようにしたんだ。確かにキアロスクーロ照明とか言った部分はあったけど、クリシェは避けた。ヴォイス・オーヴァーとか、ゆっくり回るファンとか、ブラインドとか、ロングコートの探偵が濡れた舗道を歩くとかね。・・・でも、影響はある。私にとって、ノワールとは非常に道徳的な寓話(moral parable)なんだ。極めて道徳的なジャンルで、登場人物の選択が運命を決める、そういった話なんだ。

Guillermo del Toro [2]

『ナイトメア・アリー』はノワール作品だと呼ばれているが、ノワールの視覚的なスタイル、あるいはモチーフだと思われているものからは意図的に距離を置いている。すなわち、夜の都市の裏道、濡れた舗道、トレンチコートを着た私立探偵、タバコの煙、拳銃を持ったファム・ファタール、薄汚れた三流ホテルといったものは、必ずしもノワールの必須要素ではないということだ。デル・トロにとってノワールを定義づけるものは、物語のテーマであり、人物たちが愚かな選択をして取り返しのつかない場所に落ち込んでいく、そういった寓話的世界だということらしい。

だが、「ノワール」で検索すると、これを道徳的な寓話と呼ぶべきなのかどうなのか、少しためらう作品も列挙されている。『ジョン・ウィック(John Wick, 2014)』のシリーズや、『コラテラル(Collateral, 2004)』において、主人公の暴力の物語が果たして道徳的な寓話(moral parable)と呼べるのか、むしろ彼らの動機は跳躍板に過ぎず、アクションのインパクトとコリオグラフィを魅力的に見せることが主眼にあるのではないか、と感じる。

すこしばかり雑に言い切ってしまうと、一般的には(・・・・・)、「暗い雰囲気」で「人間の負の部分」をテーマにしつつ、「暴力によって」物語が推進される種類の映画を、《ノワール》と呼んでいる場合が多いと思う。それぞれの要素の強弱は映画によって違うだろう。「人間の負の部分」は勧善懲悪の仕掛けに貼りつけて「暴力」を全面に押し出している映画も《ノワール》だろうし、「暗い雰囲気」と「人間の負の部分」に焦点をあてる作品もある。『ブレードランナー 2049(Blade Runner 2049, 2017)』のようにSFジャンルにノワール的要素を埋め込んだと評されているものもあれば、『マルホランド・ドライブ(Mulholland Drive, 2001)』のようにミステリーとしての性格も強いものに「ノワール」的なスタイルを見出している場合もある。暴力の種類も、身体的なバイオレンスのみで突き進むものもあれば、心理的(サイコロジカル)な暴力もある。すべての要素をほとんど滑稽なまで振り切った作品(たとえば『アシュラ(아수라, Asura: The City of Madness, 2016)』など)は、この《ノワール》という言葉をいっそう際立たせる。《ノワール》というなにか独立して規定された概念があるわけでもなく、極めて形容詞的に使用されている。一般的には、Netflixがコンテンツの表示に使っている「前向きな気持ちになる(Feel-Good)」「ディストピア(Dystopian)」「ダーク(Dark)」「緊張が高まる(Suspenceful)」といった形容詞とあまり差がないと思っていいのではないだろうか。

『サウンド・オブ・ハート(마음의 소리, 2016)』 Ep.4(Kross Pictures)
ノワールの定義

『ダーティハリー』の例

問題なのは、映画史、特にハリウッドとヨーロッパの映画史の理解を所与のものとして、さらに過去の言説を引用しつつ行われる映画批評行為のなかで使われている《(フィルム・)ノワール》という言葉である。もっとわかりやすく言えば、古い映画をそれなりに見て、それに関する本を読んでいると必ず出くわす「その映画は(フィルム・)ノワールなのか((フィルム・)ノワールではないのか)?」という問いに関する態度である。

例えば、加藤幹郎は「映画ジャンル論」のなかで、こう述べている。

このような忌まわしい人間精神を背負わぬという点では、二十世紀末の反フィルム・ノワール『ダーティハリー』Dirty Harry(ドン・シーゲル監督、一九七一年)や『リーサル・ウェポン』Lethal Weapon(リチャード・ドナー監督、一九八七年)の刑事たちは基本、健全であり、それゆえ、かれらの物語映画はシリーズ化されうる。主人公たちは自身が基本、孤独と頽廃をまぬがれれば、それだけ、かれらは市民社会的モラルを信奉する映画観客の多数派から受け容れられるからである。

加藤幹郎 [3]

だが、こんな分析もある。『ダーティハリー』でハリー・カラハンが食事の途中に目の前で起きた強盗事件を一人で「解決」するシーンだ。彼が犯人たちの逃亡を阻止したあとの町は、道端の花屋や店は破壊され、車は横転し、消火栓は吹っ飛んでいる。

観客は、この破壊についてしばし考えさせられることになる。そして、法と秩序のもとにこんな大惨事を引き起こすとは、いったいどんな人間だと思うだろう。法のこちら側とあちら側、両方が暴力を行使し、観客は満足感と拒否反応のあいだで、引き裂かれる。この緊張こそが、『ダーティハリー』をノワールのカテゴリーに位置づけるのだ。

Eileen McGarry [4]

『ダーティハリー』について、一方は「こんなものはフィルム・ノワールではない」と言い、もう一方は「これだからノワールなのだ」と言う。ここで起きているのは『ダーティハリー』という映画が、ハリー・カラハンの行動を通じて「市民社会的モラルを称揚している」と見ているか、あるいは「道徳的な曖昧さを映し出している」と見ているか、という違いのようだ。それは、「観客は、ハリー・カラハンというキャラクターに共感した(同一化した)」という見方と、「観客は、ハリー・カラハンというキャラクターを客観的に見た(批評的に見た)」という見方の差と言ってもいいかもしれない。おそらく、今これを読んでいる人のなかでも、加藤氏のような意見の人と、McGarry氏のような意見の人に分かれているのではないか。

留意しておきたいのは、1970年代初頭の『ダーティハリー』が公開された当時は、この映画を《ノワール》と呼んだ批評家はいなかったという点である。英語圏において《フィルム・ノワール》の概念を紹介、導入した二つの重要な批評、レイモンド・ダーグナットの“Paint It Black: the Family Tree of Film Noir (1970)”とポール・シュレーダーの“Notes on Film Noir (1972)”は、まだ映画批評として広い読者を獲得していなかった。アメリカ映画に関する《ノワール》の議論は、1980年代以降になって本格的になったといっていいだろう。ちなみに先に挙げた加藤幹郎の書は初版1996年(引用は2016年版より)、McGarryの記述は初版1979年(引用は1992年版より拙訳)である。

では、公開当時はどういう評価を得ていたのだろうか。『ダーティハリー』は1971年12月に公開されたが、警察の過剰な暴力を称揚する作品だとして、一部の批評家から「ファシスト映画」と非難された。シカゴ・トリビューンのジーン・シスケルは、娯楽映画としては極めて高い評価を与えつつも、そのメッセージは「危険だ」と評し[5]、シカゴ・サンのロジャー・イバートは「この映画の道徳的な立ち位置はファシズムだ」と断言した[6]。『ダーティハリー』の政治的スタンスへの批判の急先鋒だったのは、ポーリーン・ケイルである[7]。彼女は、実際のサンフランシスコ市警が乱暴者の集まりで腐敗しきっていることはサンフランシスコ市民には周知の事実で、こんな現実離れした映画は単なる右翼の妄想だと述べた。リベラルをこき下ろすためなら何でもするという意図が見え見えで、サンフランシスコの警察が法律について相談するのが「ご丁寧にも(リベラルの牙城で、当時ヒッピーだらけの)バークレーの法学教授とか笑わせるな、サンフランシスコ市民なら、警察が相談するのはカトリック系のサンフランシスコ大かヘイスティングス・カレッジなのは常識だろ」と凄いところまで突っ込んでくる。批評というよりは、リベラル叩きへのアレルギー反応という体の文章のなかで、興味深い指摘がいくつかある。ひとつは「『ダーティハリー』は『フレンチ・コネクション』のような、どっちにも解釈できる作品(・・・・・・・・・・・・)(you-can-read-it-either-way jobs)ではない」という評価である。そして、そう宣言したうえで、次のように述べている。

映画館を出るところで、ピンクのほっぺの女の子が「いい映画だったね」と父親にいっていた。そりゃそうだ。ドラゴンは退治されたんだから。『ダーティハリー』はジャンル映画だ。そしてアクション映画というジャンルは潜在的にファシストである。これは、それがついにおもてに現れてきた映画だ。

Pauline Kael

この「ピンクのほっぺの女の子」は、まさしく加藤幹郎氏が「市民社会的モラルを信奉する映画観客の多数派」と呼んだ観客であろう。だが、一方でMcGarry氏のいう「観客は満足感と拒否反応のあいだで、引き裂かれる」という状況を、ケイル自身が体現している。ケイルは「どっちにも解釈できる作品」ではない、と述べているが、彼女の文章自体が「人によって、いかようにも解釈されうる作品」であるということを証明している。そして、公開から時間が経過したのちには、批評家が「満足感と拒否反応のあいだで、引き裂かれる」状態をこの映画の本質としてとらえるようになったとしても不思議ではない。

では『ダーティハリー』を作った人の意図はどうだったのか。そう、「作者の意図」は無視してはいけない。監督のドン・シーゲルは、ハリー・カラハンが象徴する右派的な政治的スタンスからは距離を置きながら、作品の意図を説明する発言を常にしていた。

ハリーはレイシストで反動的だ。私はそういうのは嫌いだ。だが、警察が実際に成し遂げていることをちゃんと認める、そういう映画がほとんどないというのもどうかと思う。警察官は私達を守るために命を落としているんだ。・・・そのなかにはハリーみたいなみたいなのもいる。本当の英雄なんだけど、私は、彼らの態度をどうにも好きになれない。そういった人々の態度を、批評家に受け入れられるような政治性のものに曲げてしまったら、それは私達がここで描こうとしたことを歪めてしまう。英雄的な警官がみんな、私と政治的に同じ立場だったらいいだろうけど、実際はそうじゃない。この世の中に暴力がなければそれもすばらしいけど、実際はそうじゃない。

Don Siegel [8]

この映画では、主演のクリント・イーストウッドも脚本の選択やハリーというキャラクターの形成には非常に深くかかわっている。その彼の意見を見てみよう。

ハリーは犯罪を解決しようとしている非常に道徳的な人間だと思う。彼は、政治家や警察機構のお役所仕事なんか無しで、犯罪者たちを町中から一掃したいんだ。民主化されてしまったサンフランシスコの警察を見てみたらわかるだろう。結果は犯罪率の上昇だ。裁判でやたら時間がかかっている。弁護士たちが牛耳っていて、あちこちで小細工ばかりやっている。人々は犯罪者がそこら辺でウロウロしているのが嫌なんだ。警察の仕事は社会学の授業じゃないんだ。

Clint Eastwood [9]

ハリーの行動の動機を、歪んだものとみるか、道徳的と見るか、作った側の人たちのあいだでさえ一致していない。

脚本に関わった保守派のジョン・ミリウスはスコルピオをもっと極端なサイコパスに仕立て上げていたのだが、シーゲルがかなり軌道修正したといわれている。脚本にはそれ以外に複数の脚本家が参加しているし、製作、さらにはワーナー・ブラザースによるマーケティング戦略もある。つまり、『ダーティハリー』という映画は多数の人物の意図が複雑に絡み合った作品であり、監督一人の意図がすべてではない、という点を常に考慮に入れないといけない。映画のこういった性格は、1960年以前のハリウッド映画では特に留意しなければいけない点だ。

レイモン・ボルドとエティエンヌ・ショームトンが1955年に出版した“Panorama du film noir américain : 1941-1953”は、フィルム・ノワールの極めて重要な批評のひとつであり、このあと整理していくが、その彼らが出版から24年経過した1979年に追記した“Postface”に、1955年以降のアメリカのノワールについての記述がある[10]。そこで彼らは、1965年頃にアメリカのノワールは「再生」したと述べている。『ブリット(Bullitt, 1968)』のただただ疲れたブリット警部補(スティーヴ・マックィーン)、『セルピコ(Serpico, 1973)』の腐敗しきった警察、そしてそれらに対する「社会の健康な部分の返答」としての『ダーティハリー』、そしてハリーさえも青ざめるほどの「正義好きな」警官たちが登場する『ダーティハリー2(Magnum Force, 1973)』を一連の流れととらえ、その重要な位置づけを説いている。

1970年代の一連のノワールは重要だ。このようにして、アメリカのドラマが私達の目の前で繰り広げられる。このアメリカは、青少年の犯罪やジェネレーションギャップに苦しんでいる。そして、西海岸の時代、自警団の時代に、本当に正義を為すべきなのか自問している。

Raymond Borde, Etienne Chaumeton

これらのノワール作品は、アメリカ社会の頽廃を映し出している、というリフレクショナリズム reflectionalism からの視点である。フィルム・ノワールとは「孤独と頽廃をめぐる、あくまで個人の精神的な暗黒犯罪映画」だとする加藤幹郎とは対照的な見解だ。一方で、「映画は社会に影響を及ぼす」という見方もある。前述のジーン・シスケルは『ダーティハリー』の「危険さ」について、こう書いている。

サイレント・マジョリティは、たかが映画じゃないか、と思っているかもしれない。
だが、映画、特に『ダーティハリー』のように非常に上手く作られた映画は、世論を形成しリードする可能性がある。

Gene Siskel [5]

《ノワール》は、あくまで個人の孤独と頽廃、モラルの曖昧さと暴力の物語なのか、それとも、曖昧で頽廃した社会が個人にもたらす暴力の動機と結果の物語なのか。曖昧なのは登場人物たちなのか、それとも物語そのものなのか。

私が『ダーティハリー』を例として挙げたのは、「1970年代の《ノワール》作品」と聞いてすぐに『ダーティハリー』を思い浮かべる人は少ないだろうと思うからだ。同じ1970年代なら『ロング・グッバイ(The Long Goodbye, 1973)』『チャイナタウン(Chinatown, 1974)』や『さらば愛しき人よ(Farewell, My Lovely, 1975)』のほうが《ノワール》らしい、と感じる人は多いはずだ。だが、上述のように『ダーティハリー』が《ノワール》だという主張には、それを読んだ者が納得するか否かは別として、それなりの根拠がある。また、夜のサンフランシスコを背景に、殺伐とした闇に包まれたシーンが非常に多く、映像のうえでも《暗黒映画》に分類されてもおかしくない。あるいは、McGarryが取り上げたシーンもそうだが、暴力が引き起こす荒唐無稽さ、という点において、ボルド/ショームトンが指摘する《シュールレアリスム》と暴力の結合としての《フィルム・ノワール》の正統な後継と位置づけることだってできるだろう。

それでも、「『ダーティハリー』はフィルム・ノワールじゃない」という人はいるだろう。それはそれでいいと思う。ここで整理したい問題は「私が思うフィルム・ノワール」ではなく、「今まで多くの人が議論してきたフィルム・ノワールがどんなものだったか」を、いったん見渡すことである。

ちなみに、私は、ハリー・カラハン刑事に5発撃ったか、6発撃ったか分からないマグナムを突きつけられて「『ダーティハリー』は《ノワール》か?」と聞かれたら、「《ノワール》じゃないと思う」と答えると思う。

『ダーティハリー(Dirty Harry, 1971)』
監督:ドン・シーゲル
撮影:ブルース・サーティース

References

[1]^ D. Bordwell, J. Staiger, and K. Thompson, "The Classical Hollywood Cinema: Film Style and Mode of Production to 1960." Routledge, 2003.

[2]^ S. Weintraub, "Exclusive: Guillermo del Toro Breaks Down the Making of 'Nightmare Alley' in 45-Minute Video, Including What Was In His 3 Hour 15 Minute Cut," Dec. 21, 2021. https://collider.com/guillermo-del-toro-nightmare-alley-interview-original-cut-ending-bradley-cooper/

[3]^ 加藤幹郎, "映画ジャンル論―ハリウッド映画史の多様なる芸術主義," 増補改訂版. 文遊社, 2016.

[4]^ A. Silver and E. Ward, Eds., "Film Noir: An Encyclopedic Reference to the American Style." Woodstock, N.Y. : Overlook Press, 1992.

[5]^ G. Siskel, "’Harry’ Thrills with Message," Chicago Tribune: 11, Chicago, p. 5, Dec. 26, 1972.

[6]^ R. Ebert, "Dirty Harry and the Rise of U.S. Fascism," The Gazette, Montreal, p. 36, Dec. 31, 1971.

[7]^ P. Kael, "Dirty Harry: Saint Cop," The New Yorker, Jan. 15, 1972.

[8]^ P. Smith, "Clint Eastwood: A Cultural Production." Minneapolis : University of Minnesota Press, 1993.

[9]^ L. Grant, "Clint Eastwood: Macho Hero to Middle America," Los Angeles Times: IV, Los Angeles, p. 1, Dec. 30, 1976.

[10]^ R. Borde and E. Chaumeton, "A Panorama of American Film Noir," 1st US edition edition. San Francisco: City Lights Publishers, 2002.