12月第2週の「硝子瓶」です。
今回は、TikTokの年間統計、世界最古のファッション本、ヴッパータール空中鉄道の映像について記録します。

今年のTikTokトレンド

TikTokが今年1年を振り返って、人気だった動画、トレンド、アーティストを特集しています。この特集によれば、アメリカで最も「人気」だった動画のベストテンには、Nyadollie Deng's (@dollievision) のメークアップ、@justinflom の Iron Man 照明DIY、@thezachchoi のフライドチキンを使った料理、などが並んでいます。また、人気だったトレンドとして、「ガール・ディナー(girl dinner)」「ウェス・アンダーソン映画みたい(Acting like you're in a Wes Anderson film)」が挙がっています。ほかにもたくさん「人気だった」ものについてリストされていますので、興味のある方はTikTokのページへどうぞ。

ただ、この「人気」というのが、何を測ってそう定義しているのか、どんなメトリックで順番が決まっているのか、よくわからないんですね。そして、毎年恒例になったこの「TikTok大賞」についての報道も、どこかずれている印象を受けます。BBC NewsはまるでFortune 100の企業の財務状況の報告のような、ひどく熱気のないレポートをしています。しかも今年のTikTok最大の人気アーティストはルイス・キャパルティだというのですが(たしかに彼はTikTokの人気者ですが)TikTokのレポートにはそんなことは報告されていません。

TikTokでの人気を測定するという行為は、ソーシャルメディアの設計そのものに矛盾しているのではないか。そういう問いを The Verge の Mia Sato は投げかけています。

確かにTikTokは私たちの文化的、政治的心理に影響力をもつのかもしれないが、このプラットフォーム上でいったい何が起きているのかを正確に把握するのは容易なことではない。「For You」に流れてきたからといって、子供たちがみんなそれに夢中になっているというわけではない。 あなたが今までアプリ上で何を見て時間をつぶしていたか、それをもとにアルゴリズムがあなたの「For You」に何を流すか決めた、ただそれだけのことだ。毎日投稿される無数の動画の中から、何百万ビューもあるセレブの動画から、無作為に選ばれたアカウントの、お気に入りもコメントも ついていないような動画まで、あなたのところへ届けられる。設計上、ユーザーのあいだで全く内容が同じ「For You」は存在しない。

Mia Sato, The Verge

TikTokが挙げているトレンド、例えば「girl dinner」も「ニューヨーク・タイムズが取り上げたから多くの人が知っているのであって、TikTokの「For You」で見かけたからではない(Mia Sato)」のだとすれば、ソーシャル・メディアの「トレンド」「人気」は数多く乱立するいわゆる「サイロ」のなかで発生している現象でしかなく、その「サイロ」のサイズだけが注目されているのかもしれません。

「ウェス・アンダーソン映画みたい(Acting like you're in a Wes Anderson film)」という《トレンド》は、TikTokだけではなく、(かつてTwitterと呼ばれていた)XやYouTube、Instagramでも「ウェス・アンダーソン風動画(Wes Anderson Challenge)」として人気になりました。極めて手の込んだCMから、画像生成AI(midjourney)と組み合わせて、スター・ウォーズ・シリーズロード・オブ・ザ・リング・シリーズをウェス・アンダーソンが監督したらどうなるだろうかといった予告編まで、ウェス・アンダーソン本人が困惑するほど偽作が氾濫しました。このトレンドは奇妙な 転位 (ディスロケーション) を起こします。マスメディア政治家TVパーソナリティといった、アテンション・エコノミーのなかでもリーチの広いはずのアカウントが、この《真似》をするのですが、その動画がウェス・アンダーソンの映像文法については無関心なまま、ミームのそぶりをして投稿されていくのです。この状況自体が《トレンド》なのではないでしょう。《トレンド》と呼ばれているものは単なるサイロのサイズの問題で、隣のサイロにそれが移染したとしても、形態は退化してそれ以上は広がらないのではないか。おそらくソーシャル・メディアは《トレンド》をどこかで循環生産しなくなり、サイロという安住の地をユーザーに与えていくだけのものになっていくような気もします。

TikTok, "Year on TikTok 2023: Scroll back with our community", December 6, 2023
BBC News, "TikTok trends 2023: Girl summer, Yearbook filters and Wes Anderson-style videos", December 6, 2023
The Verge, "TikTok’s biggest hits are videos you’ve probably never seen", Mia Sato, December 6, 2023

最古のファッション本

パリで1562年に出版されたフランソワ・デブレ著の「Recueil de la diversité des habits」という書籍は、現存する最古のファッションの本だと言われています。正式なタイトルは「現在ヨーロッパ、アジア、アフリカ、未開の島々の国々で着用されている衣服のスタイルコレクション」といい、世界に広く広がる航路によって収集された各国の被服文化の情報が集積された本だと言えます。ただし、それが正確かどうかはやはり怪しいです。

各地からの伝聞の中には、ファッションというよりは伝説に分類されるようなものもあり、「サイクロップ(Le Ciclope)」「海の僧正(I'eveque de Mer)」のような実在しないクリーチャーがフランスの貴族の衣装やドイツの少女の衣装とともに紹介されています。

(左から)「ミサに向かう女性」「サイクロップス」「スペイン人」
(左から)「バイヨンヌ地方の喪服」「海の僧正」「ドイツの少女」
The Public Domain Review, "The World's First Costume Book: François Desprez's Collection of Various Clothing Styles (1562) ", Hunter Dukes, December 7, 2023

ヴッパータール空中鉄道の映像

ドイツのヴッパータールにある懸垂型モノレールは、1898年に建設が着手され、1901年に開通しました。現在も運行しています。1902年に走行中のモノレールから撮影されたフィルムは、「動くカメラ」としては極めて初期のものにあたります。

The Flying Train (1902) | MoMA
Wuppertal Schwebebahn 1902 & 2015 side by side

これを見ると、F・W・ムルナウ監督の『サンライズ(Sunrise, 1927)』の路面電車のシーンを思い出さずにいられません。

Sunrise (1927) Tram Scene

余談ですが、森の中を走る路面電車というのはベルリン郊外にあって、ドイツ戦前の共産党映画『クーレ・ヴァンぺ、あるいは世界は誰のものか?(Kuhle Wampe oder: Wem gehört die Welt?, 1933)』にも、一瞬映ります。

クーレ・ヴァンぺ、あるいは世界は誰のものか?(Kuhle Wampe oder: Wem gehört die Welt?, 1933)
  Futility Closet, "The Flying Train", November 28, 2023

Just Viewed

Bim, le petit âne (1951)
A Short Film
Directed by: Albert Lamorisse
Written by: Albert Lamorisse, Jacques Prévert
Music by: Mohamed Iguerbouchène
Cinematography by: André Costey, Guy Tabary
Edited by : Marity Cléris
Produced by: Georges Derocles
Narrated by: Jacques Prévert

ロバを中心に据えた映画というと『バルタザールどこへ行く(Au Hasard Balthazar, 1966)』『EO イーオー(IO, 2022)』が有名ですが、この『ビム(Bim, le petit âne, 1951)』はアルベール・ラモリスが監督した幼いロバと幼い子供たちが主役の短編映画です。ラモリスは、1年間の準備期間のあと、4か月かけてチュニジアのジェルバ島でロケーション撮影したようです。出演者はすべて島の子供たちと動物たち、大人もプロの俳優ではありません。ラフカットを見て感動したジャック・プレヴェール(『天井桟敷の人々(Les Enfants du paradis, 1944)』)が、脚本とナレーションを担当しました。

Bim, le petit âne (1951)
 

『ビム』は子供が動物にいだく愛情について描いた、子供向けの童話映画で、それ以上のものではない。仔ロバは撮影のときにあきらかに乱暴に扱われているし、植民地のエキゾティシズムに酔っている無自覚なフランス人が作った映画です。ただ、『ビム』の映像はこの時代にしか撮れないものですね。だからその点において、『ビム』はもう少し評価されてもいいかもしれないと思います。

The Criterion Collection: Current, "Head in the Clouds: The Cinema of Albert Lamorisse", David Cairns, December12, 2023

Listening

作曲家のジョン・ウィリアムズは、若い頃、クラシックのピアニストになることを目指していました。彼はジュリアード音楽院の伝説のロジーナ・レヴィーンのクラスでピアノを学んでいたのです。同級生にヴァン・クライバーンやジョン・ブラウニングがいました。

ある日、私は練習室にいて、ジョン・ブラウニングが隣の練習室で練習をしていたのです。彼はあらゆる上昇下降のオクターヴを見事に弾いていました。思ったんですよ。「こりゃ、仕事を間違えたな。こんなうまい奴がいるなんて。」って。それで作曲家になったんです。

ジョン・ウィリアムズ

ジョン・ブラウニングの、どんな難曲でも弾きこなすブレないテクニックを見たサミュエル・バーバーが、ブラウニングを念頭にピアノ協奏曲を作曲した話は有名です。これは、ブラウニングの演奏によるバーバーの「思い出 作品25」から「ワルツ」です。

South Florida Sun Sentinel, "Composer Scores Hits on Screen and Podium", April 5, 1998