2024年3月第4週の「硝子瓶」です。
今回は、ヒドロキシクロロキンをCovid-19の治療薬として発表したフランスの研究者たちのその後とアマゾンのフルフィルメント・センターの《アマゼン》についてです。ああ、それからワーナー・ブラザーズの有名なカートゥーン・キャラクターについても、記録します。

あらゆるレベルでの失敗

科学ジャーナル Science が、フランスのエクス=マルセイユ大学の地中海疾病研究センター所長だった、ディディエ・ラウル(Didier Raoult)元教授の研究チームの組織的な研究不正事件を大きく取り上げて論じています。

ラウルはリケッチア rickettsia ───ノミやダニによって媒介されるバクテリア─── についての研究と、巨大ウイルスの発見が有名だろう。彼は、フランスの生化学研究団体INSERMより大賞(2010年)を授与されるなど、著名な科学関係の賞を授与されているだけでなく、フランスと母国のセネガルで国からも多数の表彰を受けている。彼の論文発表数はけた違いで、PubMedには3,200本の論文がインデックスされており、その分野では研究が最も引用される研究者の一人である。

Cathleen O’Grady

そして、2020年、Covid-19(コロナ感染症)の流行とともに、ラウル氏の名前はフランスでは一般人も知るところとなりました。彼の研究チームは、3月にヒドロキシクロロキンを抗生物質アジスロマイシンと併用すると、Covid-19の治療に効果があるという論文を発表したのです。このヒドロキシクロロキンは、当時のアメリカ大統領のドナルド・トランプが有望だと発言してFDAに働きかけたり、日本でもその有効性が一時期話題になったりしました。しかし、すぐに研究の不正が疑われ、追試や再現性試験で効果が確認されなかったこともあり、立ち消えてしまったのは皆さんも覚えていらっしゃるのではないかと思います。この経緯についてはWikipediaにも書かれていますし、こちらのサイトにも詳細が掲載されています。

ディディエ・ラウルは、その後もパンデミックのあいだ、フランスのメディアに頻繁に登場して感染症の専門家として意見を述べていました。彼の容貌も手伝って《ロックスター》などともてはやされていました。

ディディエ・ラウルは自伝も出版している。

この Science の記事が注目しているのは、ラウル元教授の研究チームが研究プロセス、特に臨床研究における倫理審査において、法律で定められている条件を満たしていないにも関わらず、研究を続けていた点です。ヒドロキシクロロキンの研究以前から、ラウル元教授の研究には倫理的に問題があるのではないか、という点を不正研究を調査する研究者や団体が指摘していました。

椅子から落っこちるかと思った

Mathieu Molimard

2023年の4月にラウル元教授のチームは論文のドラフトを発表しますが、これは「いままで世界で行われてきた非倫理的な研究のうちでも最たるもの」と呼ばれるようになります。それは2020年3月から2021年12月のあいだ、地中海疾病研究センターで30,202人のCovid-19の患者がヒドロキシクロロキンを投与されていたことを示すものでした。フランスでは、2020年の5月にヒドロキシクロロキンの投与が禁止されたにもかかわらず、その後も1年半以上も患者に投与し続けていたのです。もちろん、倫理審査を通過してもおらず、明らかに問題のある研究でした。2023年にはさらに2本の論文が撤回されます。研究はニジェールとセネガルで行われていましたが、やはりずさんな倫理審査でした。

「フランスは研究の倫理審査のプロセスがあまりに内向きで、国際的な基準に到達していない」と、弁護士のフィリッペ・アミールは言っています。「倫理審査にパスしなくてもヒトを対象とした研究ができてしまう」ほど、フランスの法律が整備されていないことを指摘しています。そして、今でもどこかで似たような違反が行われていて、しかも政府はそういった違反をとりしまることには興味を示さないのだ、と結んでいます。

Science, "The Reckoning", Cathleen O’Grady, March 7, 2024

セイヴァリング・イン・ザ・ウェアハウス

セイヴァリング Savoring という言葉があります。

Savor とは「味わう」という意味ですが、最近は「思考を操作して前向きな気持ちを生み出すこと」を意味するのだそうです。

アメリカのアマゾンのフルフィルメント・センター(配送センター)は、その過酷な労働環境で有名ですが、2021年に「アマゼン AmaZen」というプログラムを始めました。これはフルフィルメント・センターで働く人たちの《ウェルビーイング》(心身ともに健やかであること)を目指して開始されたもので、身体や心の活動、健康のためのエクササイズ、そして健康な食生活ををサポートするのだそうです。

そもそも、《禅 Zen》をひっかけた「アマゼン」という、このネーミング自体が貧しくて悲しいのですが、さらにアマゾンが用意した「禅ブース ZenBooth」というのが、あまりに痛ましい。

AmaZen - ZenBooth

インディペンデント・ジャーナルの404Mediaが報じているのは、アマゾンのフルフィルメント・センターで働く方から送られてきた画像です。おそらくZenBoothに表示されていたものでしょう。「小学校5年生が作るような」パワーポイントのスライドのタイトルは「セイヴァリング」。「目を閉じて、あなたがハッピーになることを考えましょう」、そして右上には「時間がくるまで繰り返しましょう」とあって、残り10秒。

目を閉じて、ハッピーになることを考えましょう。残り10秒間です。

Image via 404Media
404Media, "Amazon Tells Warehouse Workers to Close Their Eyes and Think Happy Thoughts", Samantha Cole, March 12, 2024

自分の会社の財産についてはよく調べましょう

オーストラリアのオーストラリアンフットボール・リーグ、AFLに新しいチームが加わります。「タスマニアン・デヴィルズ(Tasmanian Devils)」は、長年にわたってAFLへの参加を望んできたタスマニアのプレイヤーとファンの念願のチームです。昨年、リーグへの参加が認められたのですが、そこで大きな問題が。「タスマニアン・デヴィル」という名称は、ワーナー・ブラザーズが商標登録していると言いがかりをつけてきたのです。

実在のタスマニアン・デヴィルと非実在のタスマニアン・デヴィル(Wikimedia)

ワーナー・ブラザーズのルーニー・チューンズに「タスマニアン・デヴィル」というキャラクターがいます。そのキャラクターに関してワーナー・ブラザーズはありとあらゆる権利を持っているらしいのですが、今回、オーストラリアのタスマニアのスポーツチームの名前に目をつけて、使用を認めない旨を宣告してきました。デヴィルズのトップ、グラント・オブライエンは、ワーナーの上層部はあのキャラクターがタスマニアの有名な肉食有袋類がもとになっていることを知らなかったことを明かしています。

タスマニアン・デヴィルという動物が実在するということが分かってもらえない時期がありました。

Grant O'Brien

動物の名前ですから、名称の使用を差し止めることは原則的にはできません。タスマニアン・デヴィルズは正式に発足しました。

ところで、野生動物タスマニアン・デヴィルの生態について研究した最初の研究者は、タスマニア大学のセオドア・トムソン・フリンです。彼の息子が、ハリウッド俳優のエロール・フリンで、彼はワーナー・ブラザーズと契約していました。エロール・フリンの人気が低迷し始めた1954年にワーナー・ブラザーズでカートゥーン・キャラクター、タスマニアン・デヴィルが生まれます。このキャラクターを作り出したのは、ロバートとチャックのマッキンソン兄弟です。彼らは、まだ当時ほとんど知られていなかったこの有袋類をクロスワードパズルで知ったのだそうです。

techdirt, "Warner Bros. Had To Have A Tasmanian Football Team Explain Where Its Taz Character Came From", Timothy Geigner, March 21, 2024
"Tasmanian Devil", David Owen, Allen & Unwin, 2005

Listening ...

CUCURUSSレーベルから新作が発表されました。1年半ぶりの音楽作品リリースとなるそうです。

トラックはどれも短いのですが、音の濃度がものすごく濃いです。ずっと聴覚を刺激し続けるので、1トラック聴き終わるとかなり疲弊します(これは褒めています)。こういう音楽は他では得難いのでぜひ体験してください。おすすめです。