2024年10月第5週の「硝子瓶」です。

A24のマーケティング

今年の2月にDavid Bordwellがこの世を去りましたが、パートナーであるKristen Thompsonがウェブサイト"Observations on film art"を引き継いで、記事を書き続けています。映画スタジオ“A24”はBordwellも注目して、幾度か取り上げていましたが、今回はThompsonが“A24”のマーケティング戦略を取り上げています。

映画スタジオ“A24”は、おそらくハリウッドのなかでも最も戦略的にマーケティングを組み立てている会社でしょう。A24というと『ミッドサマー(Midsommar, 2019)』『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(Everything Everywhere All at Once, 2022)』『関心領域(The Zone of Interest, 2023)』といった映画が有名ですが、基本的にはマイナーなスタジオで低予算の映画をアメリカ国内リリースを主体に行ってきた会社です。今回、『シビル・ウォー(Civil War, 2024)』が中国も含めて世界的にヒットし、1億2600万ドルの興行収入を記録しています。公開前に先行して海外での配給権を取り付けていたということは、すでに話題先行で市場を確保していたということです。

Civil War (2024), © A24

『シビル・ウォー』に関しては、その政治性の曖昧さが取りざたされていますが、過去のアレックス・ガーランドの作品を見ていれば、彼が極めて不透明な物語しか作らないのは明白でした。テキサスとカリフォルニアがパルチザンの主力になっているという設定や米軍の《民兵化》の経緯の描写が欠如している点など、最初からリベラルも保守も政治感情的に満足させるつもりなどないのです。この点で、ガーランドの不透明な関心とA24のマーケティングはかなりうまく呼応したのでしょう。『シビル・ウォー』における《米国政治の分断》の描写は、不透明であることに最大の価値があるのです。David Rooneyは『トップ・ガン マーヴェリック(Top Gun: Maverick, 2022)』の《敵国》がどこかわからないのに比べれば、それほどシニカルではない、と言いますが、私は、むしろ『シビル・ウォー』は大統領選挙の年に如何に下品にならずに・・・・・・・(つまりキャスリン・ビグロー的でない)ヒット作を作るかという、極めてシニカルなスタンスの映画だと思います。製作者たちの焦点は、メディアや観客の映画へのエンゲージメントを高めるというマーケティングの潮流を上手く利用することだったと思います。従来は「悪評」や「論争」は映画の興行にはネガティブに響くと思われていたのですが、オンラインの《口コミ》の場合、むしろプラスに作用するのではないかという視点も登場してきています。実際、『アメリカン・スナイパー(American Sniper, 2014)』をはじめ、映画としての評価ではなく、政治的感情に左右された評価が二極化すればするほど、興行成績が伸びたものもあります。今回の『シビル・ウォー』でも、当初から議会政治の現実と重ね合わせた論評が多く、それが燃焼効率の高いジェット機燃料となって、普段はアクション映画に興味のない層の観客オーディエンスの関心に火をつけていきました。日本でさえ4週経過した今もベスト10内、160館も上映館があるという、この手の映画にしてはかなり善戦しています。

ガーランドの最近の作品に対しては、人々は明らかに反感を見せています。この前例のないくらい混乱した時代に倫理的な明晰さが得られないという、生々しい欲求不満フラストレーションですね。ガーランドは、ずっと同じ類の曖昧さを馬鹿みたいに偏愛していて、そのせいで彼の映画にアタマに来ている人がいるわけですが、それなのに彼がどんどん人気が出ている ─すくなくとも有名になっている─ というのは、私はすごく興味があります。

David Ehrlich

これは、極めて現代的な、現在の(ソーシャル)メディアのマッシュアップのような、シニカルな映画なのだろうと思います。JC Pennyの駐車場に撃墜されたヘリの残骸があるというイメージや冒頭のニューヨークでの爆弾テロのシーンは、驚きであると同時に、ガザの瓦礫の映像やイラクでのIEBによる米軍への攻撃のシーンと互換可能なのです。そういったことを遠い他国の出来事として、すべてにおいて双極的に政治化ポリティサイズすることに馴化されてしまった人々には、とらえどころのなさに不満が残るでしょう。一方で、今の若年層が民主党/共和党という従来の政治的アイデンティティを必ずしも持っていない、という傾向とも呼応しているのかもしれません。A24というスタジオは、その潮流を上手く利用しようとしています。不満を溜めて、ソーシャルメディアで御託を並べる観客層と、その向こうで暴力のグローバリゼーションに諦観のまなざしを向けている観客層と、を包摂するような戦略です。もちろん、《不透明さ》が常に成功するわけではありません。Kristen Thompsonも指摘するように、Alex Garlandの前作『MEN 同じ顔の男たち(Men, 2022)』は惨憺たる結果でした。

実際、A24のマーケティングを見る限り、このスタジオはあくまで《Boutique》として振舞いつつ、若年層がソーシャルメディアでエンゲージしやすい《話題作》を提供し続けることを目指しているようです。知らなかったのですが、ブルーレイを自社のオンラインストア以外(i.e. Amazon)では販売しないという姿勢なども、Internet Literacyが高い若年層のシネフィルを囲い込むポーズの一つでしょう。

Observations on film art, "A24: A company of interest", Kristen Thompson, October 16, 2024

Indiewire, "The Anxiety and the Idiocy of ‘Civil War’: Three Writers Debate the Pros and Cons of Alex Garland’s Polarizing A24 Hit", David Ehrlich, Kate Erbland, Ryan Lattanzio, April 15, 2024

オレゴン州ユマティラ

Umatilla, Oregon (Department of Defense)

この米国北西部の小さな町を訪れたRachel Greenleyが短いエッセイを書いています。

後に私はいろんなことを知りました。上空から見たときのカモフラージュのために、この建造物は芝とヨモギで覆われていること。以前、この建造物はVX神経ガス、サリン、マスタードガスを収容していたこと。このガスに一度触れると、30秒以内に解毒剤を服用する必要があること。ユタでVXガスが漏れて、風に乗って広がったとき、近くで草を食んでいた羊たち6000頭が死んだこと。

Rachel Greenley

ユマティラの郊外、およそ10平方キロメートルの空き地に、軍が化学兵器を保管していました。Greenleyはその施設を見たときの異様な気持ちを書き記しています。

そのGreenleyも言及しているのですが、同じくこの土地を訪れたJoan Didionが「Life」にエッセイを寄せています。

実は私の高祖父は1836年に東オレゴンに移り住んできている。猟師たちとやってきた。まだ誰も柵で土地を覆っておらず、コロンビア河が荒くれた激流で、高祖父は自分のいたフロンティアに社会組織というものが追いついてくるたびに嫌気がさしていた。私の家系は、200年にわたっていろんなフロンティアに住んできた。モホーク・バレー、ケンタッキー、ヴァージニア西部、ミズーリ、そして最後はオレゴン、カリフォルニア。フロンティア精神メンタリティというのは、まさしくこの社会的権威とかに対する神経症的なまでの不寛容、政府というものの軽視であって、あまりにひどすぎてルッダイト的でさえある。私もこのフロンティアの子孫であり、そういうものへの軽蔑を人一倍持っている。だから、ユマティラ郡の大部分の住人が、ハーミストンのはずれの2万エーカーの土地に、ハーミストンの人たちが「国防物資」と呼び、ハーミストンの外では「VX神経ガス」「GBガス」と呼ばれているものを貯蔵するという政府の計画を聞いたときに、積極的に支持したというのが理解できなかった。

Joan Didion

Lithub, "A Golden Land? Questioning Frontiers, Fantasies and Fulfillment in the Pacific Northwest", Rachel Greenley, October 28, 2024

Life, "On the last frontier with VX and GB", Joan Didion, February 20, 1970

Umatilla Chemical Weapons Depot, Google Map Satellite Photo