『アメリカン・ルック(American Look, 1958)』 ジェネラル・モーターズの一部門、シボレー Chevrolet製作のプロポーション・フィルム [via National Film Preservation Foundation] |
世界平和の広告
ベビーブーマーたちが、アメリカの《純朴》な時代と呼ぶ、その時代の文化的消費財を通してみていると、奇妙なことに気づく。
兵器の存在がふと視界をかすめていくのだ。歴史を形づくったメインのストーリーには表れてこない。その視界の端の方、注意深く見ていないと気付かないところにある。雑誌の記事ではなくて広告のほう、TV番組そのものではなくてCMのほう、名作映画ではなくて駄作のほう、そちらのほうに兵器がふっとあらわれる。
例えば、1950~60年頃のタイム誌を見てみよう。毎号必ずと言っていいほど「私たちは兵器を生産している企業です」という広告がふっとあらわれてくる。兵器を描いた広告がページいっぱいに掲載されている。ロッキード(Lockheed)、ダグラス(Douglas)、マーティン(Martin)、ノース・アメリカン・エヴィエーション(North American Aviation)、ジェネラル・ダイナミクス(General Dynamics)、スペリー(Sperry)、レイセオン(Raytheon)といった軍需企業が普通に広告を出している。ミサイルの躯体を製造していたバッド(The Budd Company)、化成品を製造していたセラニーズ(Celanese)なども軍需産業との繋がりを強調する広告を出している。
コンベア社(ジェネラル・ダイナミクスの1部門)のB-58 の広告 Time Magazine, January 18, 1959 |
原子力潜水艦搭載のレーダーの広告(レイセオン社) Time Magazine, January 25, 1959 |
冷戦の時代、軍需産業は最も成長した産業である。そして、共産主義の脅威から国を守るという大義のもと、強烈な存在感を大衆に対して打ち出していた。アイゼンハワー大統領が1961年の退任演説の際に軍産複合体 Military-Industrial Complexの極めて憂慮すべき影響力について警鐘を鳴らしたが、その一端をこれらの広告に垣間見ることができる。確かに「アイ・ラブ・ルーシー」を見ていれば、なんとものどかな時代に感じるかもしれないし、セックスも暴力も私たちが接している今のメディアに比べれば、皆無に等しいかもしれないが、巨大な暴力装置を広告に掲載することには一切の躊躇いがない時代でもあった。
National Cash Register社の広告 ミサイルと計算機を操作する女性がカジュアルに結び付けられている。Time Magazine, April 1954 |
現在でも有名な冷戦期の防衛企業広告は、エリック・ニッチェ(Eric Nitsche, 1908 - 1998)のデザインによるジェネラル・ダイナミクスの広告だろう。スイス生まれのニッチェによるモダニズムの究極、武器という脅威を手懐けて、原子力潜水艦を太古のアンモナイトの記憶にすり替える魔術、まさしく冷戦のロジックをデザインしたかのような広告だ。このように《美化》された概念的な《武器》は、転化して概念的な《美》となり、時代の美学に深く潜入していく。
ジェネラル・モーターズの1部門、シボレーのプロモーション・フィルム『アメリカン・ルック(American Look, 1958)』は、同社の「インパラ」の新型をデザインしていくプロセスが描かれる。プロモーション映像であるから、もちろん細部に至るまで丁寧に演出されている。そんななか、デザイナーの一人が机の上にジェット戦闘機の模型をおいているのは見逃せない。当時のアメリカ車の派手なデザイン、不必要に大きなフィンや特に流体力学とは関係のない流線型のフォルムは、《スペースエイジ》にインスパイアされたものだと言われることがあるが、デザインのインスピレーションの一つとして戦闘機がそつなく添えられているのは、冷戦時代のもつ独特の感性だろう。
『アメリカン・ルック(American Look, 1958)』 シボレー 1959年型インパラ (上) とそれをデザインするデザイナー (下)。デザイナーの机の上にはジェット戦闘機の模型が置かれている。 |
私たちが生きている、この21世紀の新しい戦争の時代には、兵器の広告はなぜか一切流れてこない。「Skydioは最新のドローンテクノロジーで世界の防衛に貢献します」とか、「レイセオンはイスラエルのラファエル社とIAI社とともに最強の“Iron Dome”ミサイル迎撃システムを世に送り出しています」とか、世界の平和は私たちの使命ですという謳い文句の広告を、私たち一般人が目にすることはない1) 。また、新型EVのデザインがロッキード・マーチンのAGM-158 XR巡航ミサイルのデザインにインスピレーションを受けた、などという話も聞かない。
だが、軍需産業は巨大な産業であり続けているし、今も国際政治の中核をなしている。ただ、私たち一般人の目につかなくなっただけだ。
こういった広告やプロモーションといったものに武器が登場するからと言って、文化の本質と直接結びつかないのではないか、という見方もあるだろう。しかし文化が消費財として生産、流通、消費される土台に資本主義がある以上、その表現に政治性が忍び込まないわけがない。
Notes
1)^ ただし、ワシントンDCを訪れた人は、兵器企業の広告の嵐に見舞われるらしい。もちろん、アメリカの議会や様々な省庁で政治的判断に影響力を持つ人々をターゲットとしているのだ。
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