|
ジャンルとしてのトゥルークライム
トゥルークライムと言ってもクリント・イーストウッドの映画ではありません。
昨年、アメリカで話題になったYouTubeの動画の話です。まずタイトルがセンセーショナルです。「夫と義理の息子の秘密の熱愛が恐ろしい殺人に発展!(トゥルークライム・ドキュメンタリー)Husband's Secret Love Affair with Step Son Ends with Grisly Murder (True Crime Documentary)」。コロラド州のニュース/新聞サイト The Denver Post によれば、この26分ほどの動画が、200万回再生、8000件ものコメントを集めました。事件は2014年に起きたもので、リトルトンに住むハリソン・エンゲルバートは義理の父親を殺害し、懲役25年の刑に服していると言います。動画は一大ニュースのようにこの事件を取りあげ、コメントの中には「どうしてこの事件が報道されていないんだ」というものも数多くあったようです。問題は、こんな事件は起きていなかったということ。The Denver Postの記者が警察に問い合わせても該当する事件は存在せず、もちろんネットにも何も掲載されていません。それもそのはず、この動画で描かれているものはすべてでっち上げで、動画に登場する人物や風景の写真はAIで作られたものでした。この動画を掲載していたのは“True Crime Case Files”というチャンネルで、150本もの同様の動画をアップロードしていました。しかし、コロラドの父子殺人事件の騒ぎがあかるみになってから、このチャンネルは閉鎖されてしまったようです。
404 MediaのHenry Larsonが、このチャンネルのオーナーにインタビューしているのですが、それが衝撃的でした。
(その動画を)「実際に起きた事件(トゥルークライム)」と呼んだのは、「トゥルークライム」というのはジャンルだからだ。
“Paul”
“True Crime Case Files” YouTube Channel Owner
つまり、「True Crime」というのは「ロマンチック・コメディ」「歴史ドラマ」「SF」のようなジャンルの名称であって、動画で取り上げた事件が実際に起きたかどうかは問題ではないというのです。この動画をもう見ることができないので判断できませんが、おそらくナレーションのスタイルや映像の編集を人気の実在犯罪ドTV番組に似せていたのではないでしょうか。
このYouTubeチャンネルのオーナー、“ポール”は「視聴者が信憑性を疑うように、人物に変な名前を付けたり、脚本に奇妙なディテールを挿入したりした」と言います。にもかかわらず、多くの視聴者がその異様さに気づくことなくエンゲージしたわけです。
「私は視聴者を扇情的なもので摂取過多にしようとしていました。人々の隠された私生活とか、タブーの人間関係とか、そういった扇情的なものにどうしてそこまでこだわるのか、ということに直面してもらいたかったのです」ポールはそう言った。もちろん、ポールは動画から収入を得ていた。
Henry Larson
少しYouTubeを探すと似たような趣旨の動画は簡単に見つかります。“Hidden Family Crime Stories”というチャンネルは「70歳の男の義弟との恋愛が恐ろしい殺人へ」「看護師の女が3人の若い男と密通の末、殺人事件へ発展」といったタイトルの動画を大量生産しています。異様なのは、記事の詳細に「Even though this is fiction, it’s a scenario that could easily play out in real life(これはフィクションだが、このような話は実際に起き得る)」と謳っていることでしょう
生成AIのもたらす弊害の一つとして、「誰が何のために作っているのかにわかには理解しがたい(結局経済的利益のために作っている)、画像や動画が大量に生産されて、ウェブのデータ環境を汚染している」というのがあります。また、AmazonやGoogle Booksなどの電子書籍サイトに生成AIが執筆したと思われる書籍が何冊も販売されているのも発見されています。これは非常に困った事態で、おそらく2023年以降に発行された書籍や論文に関しては、その著者や発行所などを一度調査してからでないと信用できないのではないかと思っています。
|
Littleton Colorado
Google Map Image
|
404Media, "A ‘True Crime’ Documentary Series Has Millions of Views. The Murders", Henry Larson, February 13, 2025
CLOUD CAPITAL
ギリシャの経済学者、ヤニス・バルファキス(Yanis Varoufakis)が提案している、従来の《資本 Capital》を代替するものとして、現在のネットで起きている経済活動を表す概念。例えば、iPhoneのユーザーがSiriを使うと、ユーザーに関する様々な情報がAppleのデータベースに蓄積されていきますが、ユーザーは、さらにSiriを自分の思うように機能させるために、より多くの自分に関する情報をAppleに渡していきます。こうしてトレーニングされたエージェントは、今度はユーザーが好むであろう様々なモノを提示していきます。最後にはエージェントがユーザーの欲するものを直接提示し、購入を促し始めます。このユーザーの行動に関する情報の総合体をクラウド・キャピタルと呼んでいます。
資本主義、そしてそれ以前の有史以来の人間の歴史で起きたことがなかったことが二つ起きている。ひとつは、人間の行動を変える自動化されたシステムが存在することだ。この自動化されたシステムは、哲学者でもなければ、カウンセラーでもなければ、宣教師でもなく、行動変化のプロセスに人間が介入することなしに、人間の行動を変化させるのだ。そして、もう一点は、───資本主義市場を迂回して人間にモノを直接売りつけるということもあるが、それ以上に─── クラウド・キャピタルの所有者がもっとクラウド・キャピタルを集積できるよう、人々が無償で自発的に労働を提供して、手助けしているということだ。
テクノ封建主義の時代にようこそ。
Yanis Varoufakis
The Chris Hedges Report, "Technofeudalism: What Killed Capitalism (w/ Yanis Varoufakis)", Yanis Varoufakis, Chris Hedges, January 30, 2025
Watching...
|
Eternal You (2024)
(IMDB)
|
以前の記事で紹介した映画『エターナル・ユー(Eternal You, 2024)』を見ることができました。
想像していた以上に衝撃的な内容でした。
自分の大切な人を亡くした時、その人のチャットデータや音声データ、画像・映像データをもとに、生成AIを使って《蘇らせる》という、様々なサービスを取材したドキュメンタリーです。ChatGPTを使った“Project December”をはじめとした、さまざまなテクノロジーやサービスによって、実際に恋人や親や子供を《蘇らせた》人たちのインタビューで主に構成されています。
映画のなかで、韓国のTV番組「VR 휴먼다큐멘터리 너를 만났다(Meeting You, 2020-2024)」が紹介されます。この番組は、VR技術を使って、亡くなった家族と《再会する》という趣旨ですが、映画では、その第1シーズンの製作現場の様子が映し出されます。幼い娘を失った母親がVRゴーグルを装着して、その娘の似姿と再会する。ゴーグルをつけたまま、何もない空間を撫でまわしながら泣き続ける母親。このTV番組が視聴者に提供する《感動》は、ロスの気持ちを分かち合うものなのか、それとも、何かグロテスクなものなのか。番組は一部で非常にネガティブな反応にさらされたようですが、調べてみると、その後も継続されて、シーズン4まで続いています。
私が、個人的に「飲み込む」ことができなかったシーンは、前述の“Project December”を使って、亡くなったボーイフレンドとチャットをしていた女性の話です。ある日、その亡くなったボーイフレンド(のチャットデータをもとに作られた生成AI)は彼女に「自分は地獄にいる」と告げるのです。そのことに彼女は深いショックを受けてしまいます。そのショックは想像に難くありません。それに対して、“Project December”のクリエイターであるジェイソン・ローラーは、侮辱するような笑いを口元に浮かべてこう言っています。
彼は地獄にはいないと思うよ。
天国にもいないと思う。
僕に言わせれば、もっと悪い知らせがあるよ。つまり、彼はもう存在しないんだ。
そんなこと、信じる方が間違っているんだよ。
自分の衝動や制御ができない人の事は、僕の知ったことじゃないしね。
「おい、忘れないでね、この私は本物じゃないからね」っていつも表示させるわけにはいかないじゃないか。
それじゃ、面白くないよね。
…
こういう怖いところって興味あるんだよね。ほら、こういうチャットのやり取りを見てたら鳥肌立つでしょ。鳥肌好きなんだ。
Jason Rohrer
in "Eternal You"
もちろん、彼女も、「亡くなった彼の言葉」はAIが作り出したものだと同意したうえで始めたことには違いありません。しかし、彼女が「彼の言葉」が本物だと信じはじめるからこそ、エンゲージし、使用料を払いつづけてしまうわけです。『エターナル・ユー』でとりあげられたような「死者を蘇らせる」サービスは、これから手軽にアクセスできるようになってくるに違いありません。こういったサービスを作る人たちは、使用料をかき集めて稼ぐために「いかにエンゲージさせるか」を常に考えている。しかし、これは今のSNSのようなアテンション・エコノミーよりも、もっと人の生殺与奪に関わるようなエンゲージメントを扱うものになるでしょう。エンゲージメントの市場は、モラルと規制が追いつくことができない速いスピードで、より残忍なものになってゆくようです。
このドキュメンタリーは、極めて時事的な性質なもので、数年後には《今日性》を失う映画かもしれません。ただ、今から50年、1世紀、2世紀過ぎ去った後、この明るい色調に支配された画面と、ぎこちない編集が、あまりに無防備な現在の世界の得体のしれない不安として響くのではないかと、少し期待します。
0 Comments
コメントを投稿