2013年9月5日木曜日

G.W.パブストの”Abwege(1928)”:ベルリンの空気

前回に引き続き、G.W.パブストの”Abwege (1928)”について考えていきます。

 

 

1920年代のベルリンとはどんなところか?


1920年代のベルリンは近代文明の頽廃を象徴する街でした。第一次世界大戦に敗戦する直前に、皇帝の逃亡という形でドイツ帝国は崩壊し、紆余曲折を経てワイマール共和国が成立します。社会民主路線をとるこの共和国は、戦争賠償金の膨大な借款を抱えて経済的に破綻していました。世界史上でも稀に見るハイパーインフレーションにさいなまれ、国民の大半は貧困のどん底にあえいでいたのです。一方で戦争で巨大化したビジネスや工業界のリーダーたちは、私腹を肥やし、いわば貧しい階級を搾取して共和国制に君臨していました。象徴的な出来事はバルマット事件でしょう。ベルリンはその二つの階層が交わる場所であり、そして安い通貨を当てにした外国人たちが集まった場所だったのです。デモや政治的暴動は頻繁に起こり、汚職や政権の破綻があるたびに緊張した雰囲気が街路に漂いました。また非常にリベラルなワイマール憲法の下で、表現の自由、個人の自由が保障され、特に性の解放(あるいは性の売買)が類を見ないほど広がりました。ベルリンの町は様々なキャバレー、ダンスホール、劇場が乱立し、ありとあらゆる形の売春、性的交渉、嗜好がやり取りされ、それは大して取り締まりもされずに街全体に蔓延していきます。一方で、戦争の傷跡は残ったままで、傷痍軍人が乞食同然に街中をうろついていました。暴力とセックスが同衾していた街だったのです。


オットー・ディックス、思わず目をそむけたくなるイメージ


それをもっとも直接的に表現したのは、画家のオットー・ディックスでしょう。彼はダダイズムから新即物主義に分類されている芸術家ですが、一貫して醜い人間の内面を描いていました。ディックスは第一次世界大戦に従軍し、塹壕での戦闘を何年も経験しています。戦後、今で言うPTSDに悩まされ、戦場での生々しい肉体の破壊を題材とした作品を数多く発表しました。また一方で、ベルリンの頽廃を痛烈に描く作品を数多く制作し、1925年の「ノイエ・ザッハリヒカイト」展覧会に出品します。

Otto Dix, Sturmtruppe geht unter Gas vor (1924) (ottodix.org)
これは彼の”Sturmtruppe geht unter Gas vor (1924)”[毒ガスを使って前進する突撃隊]という作品です。まさしく非人間的な戦闘の瞬間をとらえ、突きつけてくる作品です。
Otto Dix, Three Prostitues on the Street (1925) (ottodix.org)
「3人の娼婦」
Otto Dix, Portrait of the Dancer Anita Berber (1925) (ottodix.org)


「踊り子アニタ・バーバーの肖像」。アニタ・バーバーこそ1920年代の夜のベルリンを代表する女性です。ステージでは、ほとんど裸で踊り、ありとあらゆるセックス、ドラッグ、アルコールに溺れ、スキャンダルにスキャンダルを重ねて(1)、短い人生を疾走しました。フリッツ・ラングの”Mabuse (1922)”にも出演しています。
Otto Dix, Portrait of the Journalist Sylvia von Harden (1926) (ottodix.org)
ワイマール・ベルリンの鼓動そのものの作品。「シルビア・フォン・ハーデンの肖像」。

Otto Dix, Lustmord (1922)
オットー・ディックスの1920年代前半の作品の中に”Lustmord”と名づけられた一連の作品群があります(たとえば、このサイトにいくつか紹介されています)。どれも娼婦の殺人死体を描いたものです。このあまりに陰惨な絵画群は、実際におきた事件にインスパイアされているのですが、まさしく第一世界大戦の塹壕と頽廃のベルリンが重なったものなのです。ジョージ・グロスなどにも、同様の題材の作品(2)があります。この、娼婦が無残に殺される、というイメージは、G.W.パブストの"Die Busche der Pandora (1929)"[邦題:パンドラの箱]に直結します。パブストの映画だけだと、ルイーズ・ブルックス演じる娼婦のルルがなぜ殺されるのか、ちょっと脈絡がない感じがするのですが、実はワイマール・ベルリンの性的倒錯への執着の10年そのものをあらわしているのです。


芸術家とパトロン

 

”Abwege”では、ヒロインのアイリーンは、画家の男と駆け落ちしようとします。画家にとって、彼女はインスピレーションであり、何枚もスケッチしています。この関係は、実在の画家、マックス・ベックマンとリリー・フォン・シュニッツラーとの関係を思い出さずにいられません。マックス・ベックマンは、多くの女性と関係を持ち、それを隠してもいませんでしたが、リリー・フォン・シュニッツラーとの関係は特に重要なものでした。リリーはすでに人妻であり、ベルリン社交界の花形でもありました。彼らの関係がどういうものだったのかはあまりはっきりしないようですが、ベックマンはリリーの肖像を数多く残していますし、またリリーは彼の作品の熱心なコレクターであり、コレクションをコロンの美術館に寄贈もしています。リリーの夫のゲオルグ・フォン・シュニッツラーは、あの悪名高きI.G.ファーベンの役員であり、第二次大戦後にはナチ戦犯として服役しました。

リリー・フォン・シュニッツラーの肖像 (max-beckmann-archive.org)
権力と腐敗と頽廃と芸術が、すべて同じ鍋の中でグツグツ煮立っているような、そんな時代です。


べルリンの空気を吸って


アイリーンの夫、トーマス・ベックは「ドクトル」の称号で呼ばれ、仕事熱心な弁護士です。「ドクトル」の称号で呼ばれると言うことは、当時のドイツ社会において非常に名誉なことであり、特権階級であることの証明でした(3)。しかし、トーマスは、社会的には成功しているものの、明らかにアイリーンを満足させていません。彼は仕事熱心なのか、女性に興味がないのか、性的不能なのか、そのすべてなのか、アイリーンに対して異常に薄情な態度をとる一方で、ひとりになると彼女との関係に苦悩しているのです。アイリーンは、そんな夫の薄情さに失望してナイトクラブにくりだすのです。そこでは、男も女も毒気を含んだ空気(4)を吸い、媚薬のようなシャンペンを飲み干し、札束を見れば群がり、若い女性を見れば群がっているのです。このナイトクラブで、アイリーンはコカインを吸い、若い男とダンスし続けます。アイリーンにコカインを教えるのは、目のうつろな麻薬中毒の女。「あの女は誰なの?」とアイリーンが聞くと、連れが答えます。「元は銀行家の未亡人よ。彼女があんなだから自殺してしまったのよ。」ダンスフロアの混沌とアルコールのにおいを、ハンドヘルドのカメラがとらえ、いまでも見る者をベルリンの空気で堕落させるような、そんな力がこのナイトクラブのシーンにはあります。そこで、前回のボクサーとのやり取りになるのです。

肉体を売り物にしているボクサーと、「ドクトル」の妻であるアイリーンは同じ社会階級に属していません。アイリーンは、ナイトクラブでは(すくなくとも表面上は)このボクサーに拒否反応を示しています。面白いのは、彼女はボクサーの人形には親近感を示して直視するのですが、その人形を贈ってきたのが当のボクサーと知って、愕然とし、強烈な嫌悪を示すのです。ここでは視線がかろうじて交差します。アイリーンは、ドクトルの妻という社会的地位と面子を保つことと、自らの満たされない性的欲求、この2面性にさいなまれているのです。

このサム・テイラーというボクサーは、アメリカ人ではないかと思います(ドイツ人だったらシュナイダーになると思います)。すると、彼はきっと英語で騒いでいて、(アメリカ人に典型的な)野卑な行動をとっていたのでしょう。アイリーンは、特に後先も考えずに貧乏な画家と駆け落ちしようとするほど、浅はかで、かつ追い詰められているのですが、この時点では、「野卑な外国人の肉体」に嫌悪感を抱くほどの「ドイツ人女性としての分別」が残っていた、ととらえることもできます。

この夜を境に、アイリーンの夫との関係はさらに冷えていきます。そして、彼女はついにボクサーのジムを訪ね、視線をボクサーと交えるだけでなく、誘惑するようになるのです。

(つづく)





<補足>
(1) アニタ・バーバーはいつもサルをペットとして連れていました。この時代にベルリンにいたビリー・ワイルダーは、後に”Sunset Boulevard (1950)”[邦題:サンセット大通り]で、ヒロインのノーマ・デズモンドにサルのペットを与えます。

(2) ジョージ・グロスがナイフを持って娼婦(実際には彼の妻)を襲うおふざけをしている写真は、アルフレッド・ヒッチコックの”Murder! (1930)”[邦題:殺人!]を思い出させます。

(3) 彼の名前に貴族階級の出身であることを示す「フォン」がついていないことは気になります。これは帝国時代には、ベック家は労働者あるいは農民階級だったこと、そしておそらくトーマス自身の努力によって、今の地位を築いたとも考えられます。あくまで推測ですが。

(4)「ベルリンの空気(Berliner Luft)は、ベルリンに住む人間を変える」という歌は、ベルリンの非公式ソングです。ベルリンフィルハーモニーの「ワルトビューネ音楽祭」では必ず最後に演奏されます。


0 コメント:

コメントを投稿

 
 
Copyright © KINOMACHINA
Blogger Theme by BloggerThemes Design by Diovo.com