2014年4月30日水曜日

広告に載った九つの映画:カリガリから憑かれたスクリーンを通って


ハリウッドで製作された「人類の破滅(Human Wreckage, 1923)」のセット
(Kevin Brownlow, "Behind the Mask of Innocence"より)

「カリガリから憑かれたスクリーンを通って」


この時代のドイツ映画について考える上で避けて通れない二冊の本があります。ジークフリード・クラカワーの「カリガリからヒトラーへ(From Caligari to Hitler, A psychological History of the German Film)」[4]とロッテ・アイズナーの「憑かれたスクリーン(The Haunted Screen)」[5]です。

「カリガリからヒトラーへ」では、「カリガリ博士」の博士とチェザーレの関係に、その後のヒトラーとドイツ民衆の関係の萌芽を見ていました。シナリオの変更も含めて、あのいびつな風景のいびつな物語が、第一次世界大戦直後のドイツに現れたことに、混沌とした時代の象徴を見るのはたやすいです。そして、「催眠状態の私たち」と「それを操る男」の対比に、十数年後のドイツ国民の熱狂を重ね、アヴァンギャルド芸術の前進性とナチスの異常性を結び付けていくのは、一見説得力のあるものでした。しかし、これはかなり強引な「時代」と「作品」との結びつけで、その後多くの人が批判しています。

ドイツ表現主義映画を批評・分析したもうひとつの書籍として有名なのは、ロッテ・アイズナーの「憑かれたスクリーン(The Haunted Screen)」です。これは、美術史的見地から映画における表現主義の源とその展開を論じています。「カリガリ博士」に見られる視覚美術の形式は、19世紀のドイツロマン派芸術や、ゴシック文学にその源泉があるとアイズナーは考えていました。たとえば、象徴主義の画家、アルノルト・ベックリン(1827 - 1901)の絵画がフリッツ・ラングの「ニーベルンゲン」に与えた影響を指摘し、E・T・A・ホフマン(1776 - 1822)の小説が作り出したキャラクターや幻想世界が「プラハの学生」、「カリガリ博士」、「ノスフェラトゥ」、「戦く影」などの原型となったという分析は、「表現主義」の語彙を理解するうえで画期的なものでした。さらにマックス・ラインハルトの演劇芸術の影響が、多くの表現主義映画の源にあるという指摘も非常に重要なものです。

しかし、映画史家バリー・ソルトは、当時の表現主義映画は、マックス・ラインハルトだけではなく、広く当時のドイツ演劇全般から受けていたこと、さらに陰影の強い照明スタイルは、ごく初期のアメリカ映画にも見られ、すべてドイツ起源と考えることはできないと反論しています。特に、後世になって「私はマックス・ラインハルトの劇場で美術を担当していた」とか「舞台監督をした」ということを言い出す映画関係者が多く、それらの話をどこまで信用してよいのかわからないことも合わせて考慮すべきかもしれません。

Thomas Elsaesserの“Weimar Cinema And After”に以下のような記述があります[7]。
亡命者として、(アイズナーとクラカワー)両者は、自分たちを受け入れてくれた国(注:アイズナーはフランスに亡命、クラカワーはアメリカに亡命)に貢献しようとしていた。これらの国にはドイツに対する偏向や偏見がはびこる一方で、西ドイツは「第三帝国」の実質上の後継者としての責任の取り方を模索していた。彼らはこの二つの文化の間を取り持つ必要があったのだ。同時に、個人的なレベルで、彼らは自分たちの庇護者に感謝し、彼らの本はそのような恩人たちへのお礼でもあった、-アイズナーは(シネマテーク・フランセーズの)アンリ・ラングロワのもとで働いていたし、クラカワーはニューヨーク近代美術館のアイリス・バリー、社会学研究所に負うところが大きく、アメリカ政府の仕事もしていた。

この国際的に影響力のあった二冊の本と同時期にドイツ国内で出版された「ドイツ映画の50年(H.H.Wollenberg著)」という本では、クラカワーやアイズナーの見地とは全く対抗する意見が見られます[8]。
海外では、1920年から30年の『古典の時代』におけるドイツ映画は不気味なテーマを好み、それはドイツ人の精神構造に由来するという考えが一般的だ。私はこの見方が全く間違っていることを証明しようとしてきた。この誤謬が広がっている理由として、(その時代に製作された)非常に大量のドイツ映画の中から一握りの映画しか見ていないことが考えられる。この時代の傑出した映画だけを見て、ドイツ映画を一般化するのは間違いだ。大部分の映画は一シーズンでその寿命を全うしたし、そういうものだったのだ。

ある時代の映画史を一部の名作や問題作に代表させて、そこから読み解こうとするのは「作家主義」の視点の映画史の陥穽です。しかし、クラカワーとアイズナーの二人の映画史はあまりに影響力が大きく、「ドイツ表現主義映画」という語彙も定着してしまった。多くの映画批評がそれを解きほぐそうとしていますが、「一シーズンでその寿命を全うした」映画の大部分はプリントが行方不明、紛失し、同時代の証言や資料も矛盾や誤解に満ちており(『カリガリからハリウッド』には「カリガリ博士」の誕生の経緯を調査しても矛盾だらけで、何が真実か全く不明である様子が描かれています)、おそらく事態はこれからも不明のままであろうと思われます。

「表現主義なんてただのゲームに過ぎない」


表現主義が出現した経緯について、その当事者、エーリッヒ・ポマーはこんなことを言っています[9]。
ドイツ映画界は儲けるために『様式的映画』を作った…ドイツは敗戦していたんだ。どうやったら、他の国と競争できる映画を作ることができる?試すことさえできない、だから新しいことをやった。それが『表現主義映画』とか『様式的映画』というわけさ。(エーリッヒ・ポマー、1965年)

「カリガリ博士」は最初から国外の映画と競争する目的 ―それが国内市場であろうと、国際市場であろうと― で製作されていました。ゴシック的な文学モチーフ、キャラクター、催眠術という近代型オカルト、フロイトの精神分析学や、20世紀初頭の舞台芸術、構成主義などのアヴァンギャルド視覚芸術と言った、「ドイツ中産階級が文化と思っているもの」をごちゃ混ぜにして提示した。それは、ドイツ的と思われていた「道具箱」をひっくり返して詰め込んだに過ぎないものです。この高尚な芸術の寄せ集めは、当時ハリウッドを中心に主流だった国際的なテーマと求心力をもった映画、たとえばグリフィスやチャップリン、メアリー・ピックフォードの映画とは一線を画していました。しかし、同時に第一次世界大戦で世界が嫌悪した「帝政ドイツ」の匂いを全く感じさせないものでもあったのです。そこが、彼らのセールスポイントであり、ゆえに国際的に見事に成功をおさめたのです。

ともあれ「カリガリ博士」の視覚芸術が1920年代の映画界にとって衝撃的だったことは間違いなく、直接的に影響を受けた作品が現れます。ドイツ国内では、ヴィーネ自身が監督した「ゲニーネ(Genuine, 1920)」「罪と罰(Raskolnilov, 1923)」のほか、「朝から夜まで(Von Morgen bis Mittelnacht, 1920)」「トルグ(Torgus, 1921)」「裏町の怪老窟(Das Wathsfigurenkabinett, 1924)」などがありますし、フランスではマルセル・レルビエ監督の「人でなしの女(L'inhumaine, 1923)」が顕著な影響を受けているのがわかります。日本でも衣笠貞之助の「狂った一頁(1926)」そして現存していれば溝口健二の「血と霊(1923)」も「カリガリ博士」の影響を直接受けた作品として挙げることが出来ます。実はハリウッドにも「人類の破滅(Human Wreckage, 1923)」という作品があり(プリントは現存せず)、薬物中毒者の世界を歪んだセットで表現した画期的な作品だったようです。しかし、特にドイツ国内の作品では、その様式ばかりが先走ってしまった内容の薄いものばかりになり、最後には廃れてしまいました。

(つづく)



[4] S. KracauerとL. Quaresima, From Caligari to Hitler: A Psychological History of the German Film. Princeton University Press, 2004.
[5] L. H. Eisner, The Haunted Screen: Expressionism in the German Cinema and the Influence of Max Reinhardt. University of California Press, 2008.
[7] T. Elsaesser, Weimar Cinema and After: Germany’s Historical Imaginary. Routledge, 2000.
[8] H. H. WollenbergとR. A. Manvell, Fifty Years of German Film, by H. H. Wollenberg. [Introduction by Roger Manvell. Translated by Ernst Sigler.]. the Falcon press, 1948.
[9] U. Hardt, From Caligari to California: Erich Pommer’s Life in the International Film Wars. Berghahn Books, 1996.

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