これは「立体的に見ること」のシリーズの続きです。

動く2Dイメージで奥行きを表現する

前回までは静止している2Dイメージで奥行きを表現することについて書きましたが、今回は動く2Dイメージで(つまり、動くことではじめて発生する)奥行き感についてのはなしです。

これは運動視差(Motion Parallax)と呼ばれます。カメラが動くとき、近くにあるものは早く、遠くにあるものは遅く動くというものです。列車の窓から見ると、近くの家はあっという間に通り過ぎて行きますが、遠くの建物はゆっくりと動いていきますね。あの効果です。スーパースローモーションにすると、その効果が拡大されて見えます。

この運動視差を用いて空間の奥行きを表現した最初期の映画として挙げられるのが、イタリア映画「カリビア(1913)」です。それより以前にもカメラを動かすという例は見られますが、「パン」による構図の再構成が主体だったようです。「カリビア」は、映画のために特別につくられた巨大なセットの奥行きを表現するために、ゆっくりとしたトラッキングショットを導入したといわれています。



列車などの高速で動くものをとらえるときに「奥から手前へ」の構図で、近くに来たときのスピード感とサイズが強調するのは常套手段です。これとは逆にカメラが動きながら「手間から奥へ」と風景が動くときは、動く視点のスピードともに、周囲の風景の広大さを強調することができます。レニ・リーフェンシュタールの「意思の勝利」では、この「手前から奥へ」をロングテイクで撮影することで、ヒトラーの支持者の膨大さを強調しています。


SF映画など宇宙空間を舞台にした作品の場合、周囲に参照する風景がまったくないか、少ない場合には、この運動視差を利用することが重要になります。カメラの動き、被写体の動き、そしてカメラと被写体の距離を複雑に重ね合わせて、空間表現をするために、キュー(鍵)となるものを常に意識しながら構図を設計しないと観客を混乱させてしまうことになります。しかし、むしろその混乱を適度に利用して、エキサイティングな場面を作ることも可能です。


運動視差を用いた映像の中で、私が最も素晴らしいと思うのは、F・W・ムルナウの「都会の女(1930)」のこのシーンです。人間が走るスピードの移動カメラと、麦畑のテクスチャが作り出す運動視差、被写体の動きとカメラの動きの相対関係が、数十秒だけど、美しい。リンク先のYouTube映像では、麦畑のテクスチャがつぶれてしまっていて残念です。


ムルナウは本当にカメラを動かすのが上手い。