2015年6月20日土曜日

動くカメラ (7)


カメラを動かすこと自体は映画の黎明期から行われていたのですが、ハリウッドでそれがより自由度を増すのは1920年代の後半になってからです。その最大の理由が「モーター」でした。今まで紹介してきた様々な動くカメラのシーンの撮影においても、大部分がモーターでカメラの駆動しています。

まず前提として、サイレント期においては、カメラは手でクランクして撮影をしていたということ、そして映写も映写技師が手でクランクして映写していた、ということを確認しておかなければいけません。これは手でクランクするのですから、常に速度が一定とは限らない、ということです。ということは、撮影時の物理的な(絶対的な)時間の進み具合に対して、撮影されたフィルムに写っているものは、カメラマンのクランクの具合によって伸び縮みするものだ、ということです。さらに、その写ったネガから起こされたプリントの映写では、映写技師のクランクの具合によって、また伸び縮みする、ということです。よく「サイレント映画の映写スピードは16fps(フレーム/秒)」という記述を見かけますが、これは決して絶対的な規範として当時の業界に流通していたわけではありません。むしろ、この伸び縮みを自由に利用して、例えば、アクションシーンでアンダークランクで(遅く回して)撮影する、ということは日常的に行われていました。映写時にそれを普通にクランクすれば、他のシーンに比べてアクションが加速されて映し出される、という仕組みです。1923年のTSMPE誌に掲載された「撮影時と映写時のスピードを同期させる重要性 [1]」という論文は当時のそういった慣習に対して疑問を投げかけたものですが、その論文に付記された「議論」でのM・W・パーマー(映画製作会社『フェーマス・プレイヤーズ・ラスキー』所属)の反論がすさまじいのです。

私はリチャードソン氏のこの問題に対する姿勢に同意しない。スクリーンで映し出されるものは、カメラの前で起きたことを複製しなくてもよい、と私は考えている。これは芸術的な上映であり、必ずしも機械的に正確である必要などない。撮影時のスピードについて言えば、監督が気にしていることは、そこで伝えようとしている思いに対して、動きが添っていればよいのだ。例えば、リチャードソン氏が挙げた死の床のシーンを考えてみよう。ここで監督は、映画館ではどうせ速いスピードでクランクされるであろうと予想して、カメラマンに速いスピードでクランクさせて撮影するだろう。そうすれば、上映時にはそのシーンだけは前のシーンに比べて遅く写るだろうし、それだけが監督の気にしていることだ。

一方で、リチャードソン氏はその論文の中で「カメラマンは自分のクランクの速度が一定であることを強硬に主張する」とも述べています。ややこしいですが、現実には撮影時のクランク速度はシーンに合わせて変化していたけれども、建前としては一定速度だったと主張していた、ということのように見えます(注)。


ベル&ハウエルのモーター駆動カメラ
左側の下に向かってコードが出ているのがモーター
『アメリカン・シネマトグラファー』誌 1923年
 
そのような背景のなかで、カメラにモーターが搭載されたという経緯があるのです。

ハーバート・C・マッケイの『映画撮影ハンドブック(1927) [2]』には、手でクランクするカメラはプロフェッショナル用だが、「三脚で固定できること」が必須条件だと述べています。この状態でカメラを動かすためには三脚とカメラマンごとドリーや自動車に乗って動く必要があります。そして、それが長い間、カメラの動きを制約していました。

『つばさ』撮影時、ベル&ハウエルを飛行機に搭載
矢印はモーターを示している
ベル&ハウエルの広告から
『アメリカン・シネマトグラファー』誌 1927年

カール・ルイス・グレゴリーによる記事(1921年)[3]に、ベル&ハウエルの映画用カメラのモーターに関しての記載があります。110ボルトの電源で速度可変(4 fpsから24 fpsまで)、逆回しも可能のメカニズムでした。これらはケーブルでリモートコントロールが可能です。モーターによる駆動の理由の一つとして挙げられているのが、「危ない(hazardous)シーン」での撮影があります。ただし、この場合、110ボルトの電源ケーブルが届く範囲でしか動かすことができません。おのずとスタジオ内での撮影が主なものになり、これでは特に「危ないシーン」を撮影する機会はありません。カメラは電源ケーブルからも開放される必要があったのです。1923年の『アメリカン・シネマトグラファー』誌 [4]に、ゴールドウィン・ピクチャーズがカメラ会社と協力して「自動車上で安定した電源をカメラのモーターに供給できるシステムを考案した」とあります。さらに、コスモポリタン・ピクチャーズ製作の『Unseeing Eyes』の撮影では、飛行機にカメラマンなしでモーター駆動カメラが搭載され、飛行機に乗った俳優がその操作をした様子が記載されています。まさしく危ないシーンをカメラだけで自動駆動で撮影するようになったのです。

カメラをハンドクランクすること自体は撮影のメカニズムの一部だったわけですが、そのことを考えると、カメラをモーター駆動にしたのは人間のためではなくて、カメラのためだったのではないでしょうか。カメラを人間から解放して、人物を追跡させ、飛行機に載せ、人間が危なくて行けないところ、人間の目でファインダーを覗けないところへ送り込む。モーターのケーブルからも解放し、バッテリーで駆動するようにしていく。そうしないとカメラは動けなかったのです。

『サンライズ』撮影中の様子
一番右がF・W・ムルナウ、その左がカール・シュトラス
カメラにはモーターが搭載されているのが見える


[1] F. H. Richardson, "Importance of Synchronizing Taking and Camera Speeds", Transactions of the Society of Motion Picture Engineers, 17, p.117 (1923)

[2] Herbert C. McCay, "Handbook of Motion Picture Photography", Falk Publishing Company, 1927

[3] Carl Louis Gregory, "Motion Picture Cameras", Transactions of the Society of Motion Picture Engineers, 12, p.73 (1921)

[4] "Motor-Driven Cameras Given Practical Usage", American Cinematographer, 4, p.22 (1923)




追記注(2015.6.21)

(注)映写も1920年代に入ってからは多くがモーター駆動になっていきます。特に都市部の大型映画館は大部分がモーター駆動の映写機を使用するようになってきていました。

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