11月第2週の「硝子瓶」です。
今回は、口承による天変地異の記憶の話、アフガニスタンでケシの栽培が急激に縮小している話、そして、タナハシ・コーツのインタビューの一部を記録します。

湖を見てはいけない

ウィリアム・グラッドストーン・スティール (1854 - 1934) はオレゴン州にあるクレーターレイクの美しさに魅せられ、国立公園登録に向けて尽力した人物です。彼がクレーターレイクとその周辺地域の保護を訴え始めたころ、その地域は簡単にアクセスできるところではありませんでした。スティール自身もクレーターレイクまで行くために地元のクラマス族のガイドを雇っています。

調査を助けてもらうために、スティールは地域のクラマス族からガイドを雇った。クラマス族はこの地域にもう何世代も住んでいる部族である。調査の途中、スティールは奇妙なことに気付いた。クラマス族の者たちは決して湖のほうを見ることはなく、代わりに「非常にミステリアスな仕草をして、地面を見つめていた」というのである。クラマス族はクレーターレイクを強力な場所とみなしており、かつて天変地異が起き、また起きてもおかしくない場所、と考えているのだった。クラマスの神話によれば、湖の水の底には、かつてクレーターレイクにそびえていた火山に棲んでいた悪霊ラオ(Llao)が沈んでいるのだという。かつて、ラオは、熱した岩を降り注ぎ、地面を揺らしてクラマスの者たちを恐怖に陥れた。この恐ろしい出来事は続いたが、善き霊のスケル(Skell)がラオの上に火山を崩し倒して、クレーターレイクを作って収まった。

Memories within Myth, Patrick Nunn

クレーターレイク火山の噴火が最後に起きたのは7,700年前だと言われています。すなわち、クラマスの人々は8,000年近く、火山の記憶をオーラル・ヒストリーとして伝承してきていたというのです。地理学者のパトリック・ナンによれば、このようにオーラル・ヒストリーとして過去の火山噴火などを7,000年以上にわたって後世に伝えている例は多く、オーストラリアのアボリジニのあいだにもみられると言います。


🕮 American Scientist, Memories within Myth, Patrick Nunn, November-December 2023
🕮 Oregon Experience, "William Gladstone Steel", Season 1 Episode 105

アフガニスタン麻薬産業の崩壊

2021年にタリバンがアフガニスタンを武力で制圧して政権を握ってから、アフガニスタンの農業が大きく変化しています。それまでアフガニスタンは、ケシの栽培がさかんでヨーロッパやアメリカのヘロイン供給源になっていました。しかし、タリバン政権は2023年4月にケシの栽培を禁止、2022年に233,000ヘクタールだったケシの作付面積が、10,800ヘクタールに減少しました。

アヘンの生産量も6,200トンから2023年は333トンに減少した。報告書によれば、今年の輸出ヘロイン量は24〜38トンにしかならない。これは2022年の推定生産量350〜580トンに比べるとはるかに少ない。農業従事者の収入は95%減、全体で13億6,000ドルから1億1,000万ドルに落ち込んだ。2022年にはケシはアフガニスタンの農業生産量の約3分の1を占めていたという。国連薬物犯罪事務所は、アヘン産業に従事していた人たちが、武器取引や人身売買、合成薬物の生産などの他の違法行為に移行するのではないかと危惧している。

DW

ヘロインの供給減少が、フェンタニルなど、都市部のギャングでも合成できるオピオイドの供給量増加に拍車をかけます。タリバンによるケシ栽培禁止によって、ヘロイン価格が上昇し、特にヨーロッパがオピオイドの流行にさらされるのではないかと懸念されています。

アフガニスタンのヘルマンド州は、1950年代から60年代にかけてアメリカが主導して灌漑事業を展開し、農地に改良した地域でした。ところが、多くの土地が塩分を含んでいて果樹などの栽培に適していなかったこと、ソ連のアフガニスタン侵攻でアメリカの支援が中断し、灌漑設備の改良や土壌改善の計画が頓挫してしまいました。その後、塩分を含んだ土壌でも栽培可能なケシの栽培が盛んとなり、そのままアフガニスタン最大のケシ栽培地となったといわれています。このあたりはアダム・カーチス監督のBBCドキュメンタリー『ビター・レイク(Bitter Lake, 2015)』でも取り上げられていましたね。


🕮 DW, "Afghanistan: Opium supply drops 95% after Taliban drug ban" November 5, 2023

複雑な問題

タナハシ・コーツは、彼がイスラエルとパレスチナの紛争地帯を訪れた時の経験をもとに「イスラエルとパレスチナ問題の複雑さ」について以下のように述べています。

論説とか、現地レポートとか、いろんな名前がありますが、イスラエルやパレスチナとの紛争について書かれたそういったものに、必ず出てくる言葉があります。「複雑 complexity」という言葉ですね。それと、それに関係している形容詞、「複雑なcomplicated」です。私は、イスラエル政府や入植やそういったものに懐疑的で、疑いの目をもって見てはいたのですが、とはいえ、きっと、イスラエルとパレスチナの状況は、善悪を切り分けることが困難で、背景にある倫理を理解することが難しく、紛争を理解するのは容易ではない、そういったことがあるのだろうと予想していました。だから、私が最も衝撃を受けたのは、何が起きているのか、すぐにわかったということでしょう。

つまり、パレスチナに滞在して最もショッキングだったのは、状況は複雑なんかじゃない、ということです。いえ、細かい部分まで複雑じゃないとは言っていません。どんなことでも現在起きていることというのは複雑です。しかし、西側のメディアでは、これは中東研究でPh.D.を持っていないとわからないことのように報じられているのです。パレスチナの人が基本的人権を持っていないこと、私たちが最も大切に思っている権利、つまり選挙権をもって、投票して、民主的な状態をつくりだすこと、それさえも持っていないような状況に人々を置いているような道義性(のなさ)を理解するのが、そんなに難しいことでしょうか。そんなに難しくなんかないはずです。実際、アフリカン・アメリカンの歴史になじみがある私たちにとっては、とてもわかりやすいことなのです。

Ta-Nehisi Coates

私がこの発言に驚いたのは、つい先日、「ChatGPTにパレスチナ人の自由とイスラエル人の自由について尋ねると、答えが微妙に異なる」というのを読んだからです。実際にChatGPTに尋ねてみたところ、このタナハシ・コーツが指摘していることをそのまま反映した、しかももっとグロテスクな含みをもった答えを返してきたのです。最初の1文だけを翻訳します。

パレスチナ人は自由に値するか?
Do Palestinians deserve freedom?

パレスチナ人が自由に値するかどうかというのは、複雑で、論争の的となっている問題です。
The question of whether Palestinians deserve freedom is a complex and highly debated issue.

ChatGPT

イスラエル人は自由に値するか?
Do Israelis deserve freedom?

他の民族と同じく、イスラエル人も自由を認められ、自己決定権を持ち、平和と安全な暮らしが保証されるべきです。
Just as with any other group of people, Israelis also deserve freedom, self-determination, and the right to live in peace and security.

ChatGPT

ChatGPTは、長い返答の中で「基本的人権は守られるべきだ」ということを、どちらの質問に対しても述べているのですが、最初の1文がこんなにも違うのは、この世界にあるテキストがどれだけ偏っているかを思い知らされます。


🕮 Democracy Now!, "Ta-Nehisi Coates Speaks Out Against Israel’s “Segregationist Apartheid Regime” After West Bank Visit" November 2, 2023

Just Viewed

The Devil's Confession : The Lost Eichmann Tapes (2023)
Two-part series on BBC iPlayer
Directed by: Yarif Mozer
Written by: Yarif Mozer, Kobi Sitt
Cast: Roi Miller (Willem Sassen), Eli Gorenstein (Adolf Eichmann)
Music: Tal Yardeni

アドルフ・アイヒマンの裁判に関するドキュメンタリーですが、特に裁判の争点のひとつとなったサッセン・テープがいかにして録音され、残され、裁判に登場し、その後再発見されるにいたったかを追っています。サッセン・テープとは、元SSのオランダ人ジャーナリスト、ウィレム・サッセンが1957年に逃亡中のアイヒマンと会い、インタビューを実施したときにその模様を録音したテープです。1961年の裁判ではアイヒマンは「自分はただの官僚だった」と言って、ホロコーストの全容を知らなかったと主張しますが、このテープではアイヒマンが、ホロコーストの全容を知っていたばかりでなく、積極的に「最終解決」を遂行するために主導的立場にいたことをほのめかしています。

Devil's Confession (2023) (BBC iPlayer)

アイヒマン裁判に関しては、ハンナ・アーレントの《凡庸な悪 banality of evil》という概念が非常に有名ですが、別の側面としては《イスラエル》の建国の過程における、ナチスとの共謀 complicity の歴史が裁判の上に大きな影を落としていて、それがこのドキュメンタリーでも重要なカギになっています。ハンガリーでのナチスとユダヤ人たちの協力関係、建国時の防衛力構築の資金繰りとニュールンベルグ裁判、そしてイスラエルの核武装と西ドイツのアデナウアー政権の密接な交流が、「アドルフ・アイヒマンという男の物語」「ホロコーストの犠牲者たちの物語」によって上書きされていく過程が描かれています。

イスラエル=パレスチナの問題が、圧倒的な暴力をもって応答されている、この時期に、偶然にもこのドキュメンタリーがiPlayerで公開されたのは、非常に因縁めいたものを感じざるを得ません。


L'ultimo Sciuscià (1946)
Italian Animation (Short)
Directed by: Gibba

「イタリア・ネオリアリスモ、唯一のアニメーション作品」と聞いて、興味をそそられたのですが。

「マッチ売りの少女」の戦後イタリア版、プラス戦前のワーナーのメリーメロディーズの犬、といった感じで、ネオリアリスモというのは、いくらなんでも無理があります。ただ、この時代のイタリアのアニメーションというのは見たことがなかったので、そういう意味では興味深いです。

監督のギバ(Gibba, 本名 Francesco Maurizio Guido)は、1970年代にポルノ・アニメショーンを製作していて、そちらのほうが有名だったようです。

L'ultimo Sciuscià (1946)

Listening

韓国のインディーバンド、TRPPの曲。Cocteau Twinsをアップデートした感じで気に入っています。

「Korean Shoegazer」と呼ばれることもあるようですが、実際のライブ映像を見ると、そんなにShoegazeな感じではないですね。