The Central New Jersey Home News, July 15, 2001 |
この記事はHBOシリーズ『テレマーケターズ(Telemarketers, 2023)』のネタバレを含みます。
1.
HBOのドキュメンタリー・シリーズ『テレマーケターズ(Telemarketers, 2023)』を運よく見ることができた。
日本でも「勧誘電話」「セールス電話」は頻繁にかかってくる。だが、たいていの場合、携帯電話のキャリア乗り換えの勧誘やネット・サービスの勧誘がほとんどだろう。アメリカでは募金の依頼がほとんどだ。たいてい「地域の警察官のために」「あなたの町の消防士のために」募金をしてほしいという。これはもう何十年も続いているし、多くの人が特に深く考えずに「いやあ、今忙しいから」と電話を切る。なかに奇特な人がいて50ドルくらい小切手を送った、そういう人が親戚にいるね、変わった人だね、くらいの話にすぎない。だが、実は、こんな警察とか消防を名乗って寄付を募る電話は、テレマーケティングの会社が詐欺的にやっていて大儲けをしていた、というのがこのドキュメンタリーの発端である。
おそらく、日本ではアマゾン・プライムなどのHBOチャンネルでそのうち配信され、「ヤバい二人組がヤバい世界を暴く」みたいな売り文句で1週間ほどプロモーションされて忘れ去られるであろう。こちらでは、大して親近感をもてない人物たちが、なじみのない世界のなかで、どちらかといえば非常識なやり方で作ったドキュメンタリー、といった風に受け取られるのではないだろうか。「アメリカでは今こんな深刻な問題が」といった社会分析的な紹介批評は、ほかの方におませする。いや、日本では、そこまで話題にもならないかもしれない。
だが、この《ドキュメンタリー》には、今でしか問えない問いがあるように思う。
CNNとかだと、インタビュー相手の名前を間違えたりなんかしたらクビだよね。でも、ここでは全く逆なんだ。
Adam Bhala Lough, The Los Angeles Times
今は、フェイク映像、デマ、陰謀論に、偏向報道、SNSでのAI画像拡散から「あなたのPCを乗っ取りました、このビットコインアカウントに」メールまで、私がなぜその話を信じるのか、あるいはなぜ信じないのかを、分かったような顔をしてやり過ごすのがだんだん難しくなっている。「信用できる情報源」を複数チェックして、これがどうやら真実らしい、などとやりくりをしないといけない。ネットで見かけた画像は、いったい、いつ、だれが、どこで、何を、どういう文脈で写したものなのかを検証しないといけない、安易に信じてはいけない、といわれても、それが簡単にわかれば苦労しないよ、と感じるようになってきている。
「真実は何か」「事実は何か」といった問いと答えがどんどん霧に包まれていく。そんななかで、私はどうやって「これを信じる」を選ぶのか。それが陰謀論や都合のいいフィクションであったとしても、選択してしまうのはなぜだろうか。『テレマーケターズ』は、私にとってそういう問いが浮かんでくるシリーズだった。
2.
『テレマーケターズ』の二人組、監督のサム・リップマン=スターンと相棒のパトリック・J・ぺスパスは、一般社会ではおそらく「全く信用できない人々」の部類にいれられてしまうだろう。サムとパトリックは、2000年代に「Civic Development Group(CDG)」というコールセンターでテレマーケターをしていた仲間である。彼ら自身が老人たちの家に電話をかけて「こちら警察組合の方からお電話させていただいております」と金を巻き上げる仕事に従事していたのである。職場の大部分が刑務所を出所したばかりか、刑務所に入っていないのが不思議な連中ばかりだ。パトリックはずっとヘロインを吸って飛んだ状態で電話をかけまくるが、それでも《伝説》の凄腕テレマーケターである。サムは高校中退してCDGに転がり込み、職場にカメラを持ち込んで、同僚のバカ騒ぎをビデオに撮ってはYouTubeにあげていた少年である。
この二人が、テレマーケティング業界の暗部を暴こうと調査をはじめるのである。
麻薬中毒者は、法廷で証言しても信憑性が疑われる。近所の麻薬中毒者が呂律の回らない口で「俺が働いているところはね、会社ぐるみで何十億も詐欺してんだよ」と言っていたら、あなたはすぐに信用するだろうか。ティーンエイジャーがYouTubeにアップロードしている「これがうちの会社だよ」という動画をみて、そこでヘロインでハイになっている男や、半ケツでうろうろしている男や、酒を飲み、ゴミ箱を投げちらしている社員たちの様子をみて、そうなのか、こんな会社なのか、と信用するだろうか。だが、『テレマーケターズ』を見ていると、私はどんどん信用していくのである。
「信用できる情報源」とは、どんな体裁を保っているのか。CNNやBBCのインタビュアーは取材する相手の名前を間違えたりしない。インタビューの相手が質問に答えている最中にスマートフォンを見始めたりもしない。インタビューの時にサングラスもかけないし、帽子だって脱ぐだろう。パトリックはそれを全部やる。ドキュメンタリー映画祭に出かける人々や映画学校の学生は、ドキュメンタリー製作とジャーナリズムの違いについて、常に意識するように心がけているだろう。サムとパトリックは、自分たちがジャーナリストなのか、ドキュメンタリー製作者なのか、はたまた「不正告発者 Whistleblower」なのか、マイケル・ムーアの真似をしているだけなのか、おそらく気にしていない。『テレマーケターズ』には映像や報道に携わってきた人々が屋台骨として構築してきたものがあっさりと無視されている。
3.
アマチュアがカメラを手に取って自分の身の回りを撮ってきた、というだけなら何も目新しくないだろう。このシリーズがそれら数多のドキュメンタリーと一線を画すのは、20年という長い期間をあつかっている点が大きい。このあいだに、テレマーケティングの詐欺の技術や体制が変化し、どんどん手に負えないものになっていく一方で、登場人物たちの身体も心も変わっていく様子がとらえられている。
サムとパトリックが現在のテレマーケティングを調査する中で「ロボコール」を聞くシーンはあまりに奇妙で不気味だ。テレマーケティングの会社は、成績の良いテレマーケター達に《シナリオ》と《返答集》を読ませて録音して、それを実際のコールに使っている。これをロボコールと呼んでいる。サムとパトリックが受けた勧誘電話から聞こえてきた声はCDGで同僚だった男のものだった。「もう死んで何年も経つじゃないか」とサムが言う。
ロボコールの仕組みについて何も知らないサムは、ベテラン・テレマーケター、ビリーに質問をする。
サム :このロボコールって誰がかけてんの?
TELEMARKETERS
ビリー:ロボットだよ!人工知能だよ!
サム :で、でも、どこから?
ビリー:「どこ」ってどういう意味?サイバースペースに決まってんじゃん!
ビリーは2年前まで別の会社でテレマーケターをやっていたが、その会社は、彼の録音を使って今でもロボコールをさせているのだという。個人の声をリップオフして本人が知らないところで、死んだ後でさえ、こき使う。そんなことが無法地帯の職業ではもうすでに起きている。
今年、ハリウッドはストライキで揺れた。製作会社がAIを使って自分たちの仕事を「置換する」のを阻止すべく、脚本家、作家、俳優たちがタグを組み、ついにAIの使用についての条項を勝ち取った。ハリウッドの組合の力をみて、労働者はもっと声を上げるべきだ、人間にしかできない仕事がある、と思った人も多いだろう。だが、その《労働者》として、あの午後のまどろみを邪魔する「はい、こちら新しいサービスのご紹介です」という電話の声の持ち主を思い浮かべる人はそんなに多くはないのではないだろうか。サムとパトリックがインタビューする連邦取引委員会の元役人との発言にもそれがにじみ出ていた。
しかし、こういった《無法地帯》の業界はテクノロジーの進化に圧倒的に適応している。「コロナのずっと前から」リモート勤務に対応し、どこまで「AI」なのかわからないが、ロボコールは明らかに業績を上げている。
『テレマーケターズ』は、その長い彷徨の到達点として、パトリックがブルーメンタール上院議員に陳情に行くシーンでクライマックスを迎える。この第3エピソードの結末に幻滅したという人が多いようだが、それはこのシリーズをマイケル・ムーアの映画と勘違いしているからではないか。オズの魔法使いに会いに行って、カーテンの向こうをのぞいてみたら、魔法使いが西の悪い魔女と仲良く写っている写真が飾ってあって、「ああ、カンザスにはもう帰れないんだ」と悟るなんてエンディング、今のマイケル・ムーアには書けないだろう。
4.
先日、イスラエル軍がハマースの司令部があるとしてアル・シファ病院を攻撃、占拠した際に、その証拠映像を撮影してソーシャル・メディアにアップロードした。かつての川口浩探検隊を彷彿とさせる演出の、かなり唖然とする内容だったが、イスラエル軍の広報はなぜか行けると思ったようだった。世界中から「MRIの部屋に金属は持ち込まない」と嘲笑的に指摘されはじめると、すっかりアル・シファ病院司令部説はなりをひそめ「本当の司令部は南部にある」と言い始めた。だが、そのうさん臭さを追求したのはメインストリームの、《体裁の整った》メディアではなかった。ニューヨーク・タイムズやシュピーゲルといったグローバルにも影響力のあるメディアのイスラエル=パレスチナの事態に関する報道を見ていると、果たして「インタビュー相手の名前を間違えない」といった《体裁》が整っているからと言って、それが信頼に値するものなのか、疑わしいし、そんなことを考えるのさえ、だんだんバカバカしくなってくる。
体裁を整えるのは、マニュアル通りに従えば、ある程度できるようになる。「なぜ体裁を整えなくてはいけないのか」という問いを考えたことがなくても、言われたとおりに、ミスなくやれば、まあなんとかなる。マスメディアのレポーターやクリエイターのスタイルを踏襲して動画を作れば、なんとか見れるものができて、YouTuberを名乗ることができる。それが信頼できるかどうかは、もちろん、観る者しだいだ。
『テレマーケターズ』は、とりあえずそれをひっくり返して見せた。元ドラッグ中毒のテレマーケターが、《捜査型ジャーナリズム》《マイケル・ムーア風突撃取材》に見事に失敗していくにもかかわらず、問題の中心を垣間見ることができるのである。このシリーズを見た人の多くがパトリックという存在に魅了される。見ていくうちに、彼の「誠実さ」「率直さ」「飾り気のなさ」みたいなものに惑わされそうになるが、それが彼を伝説のテレマーケターにしたのではなかったか。彼の声、話し方が、嘘つきではない、とても親しみを感じるから、みんな小切手を切ったのではなかったか。だが、本当に彼は誠実なのか、「ドラッグ中毒者は口がうまい人たらしが多い」のではなかったか。CDGがテレマーケターにドラッグ中毒者を雇っていたのは、彼らが金をせびり取るのが上手だからではなかったか。
このシリーズがプロの俳優たちによるフィクションだったとしても、上院議員も含めてシナリオに沿った演技だったとしても、私はおそらく「騙された!」と思わない。なんとなく、そういう次元の問題ではなくなっているのだ。テレマーケティングと警察団体、政治家たちの癒着、汚職を知りたければ、ほかに情報源はいくらだってある。おそらく、最初から「捜査型ジャーナリズム」なんて飽き飽きしていたのだ。これがフィクションであっても、ノンフィクションであっても、それとは関係なく愉快だ。そう、テレマーケティングで要らないものを買わされたり、ファミリー割引を試してみたくなったり、寄付をしてしまったりするのと変わらないのかもしれない。周りから見れば「あの人、騙されてるよ」という人なのかもしれないが、3時間にわたって騙されていても微笑んでいられる映像作品って、いまどきなかなか巡り合えないのだから。
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Telemarketers Trailer (2023) [HBO official] |
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