11月第4週の「硝子瓶」です。
今回は、ロシアのプロパガンダ映画、アメリカの治安監視カメラネットワーク、そして、アムステルダムドキュメンタリー映画祭でのできごとについて記録します。

ロシアのプロパガンダ映画の低迷

David Dadunashvili監督の映画「Свидетель (Witness, 2023)」は総製作費200万ドル相当の大作で8月にロシアの1131館の映画館で公開されました。IMDBに記載されているストーリーはこんな感じです。

ベルギー出身の名ヴァイオリニスト(注:ヴィオラ奏者という解説もある)、ダニエル・コーエンは、コスモポリタンを自認し、善意と正義を信じていた。2022年の2月末、演奏旅行でキーウを訪れた彼の人生は大きく変わる。ロシア軍がウクライナ侵攻を開始、コーエンはウクライナの村、セミドゥヴェリに避難する。 そこで彼は非人道的な犯罪、血にまみれた行為を目撃する。彼の目的は生きのびるだけではなく、全世界に真実を伝えることだ。真実は恐れよりも強い。

IMDB

この映画は、最初の4日間でわずか70,000ドル相当の興行収入しかなかったようです。現在、ロシア国内ではハリウッド映画は公開されていませんから、そのなかでこの興行成績はかなり人気がないことを示しています。

ロシア政府はウクライナとの戦争を正当化するために、あからさまにプロパガンダにお金をつぎこんでいます。

昨年11月、文化省は3億9500万ドル(相当)の予算を映画事業に割り当て、「ナチズムとファシズムイデオロギーとの闘い」、ウクライナでの戦争、そしてロシアの「精神的支柱たるリーダーと志願兵たち」を描き出すように指示した。そのプロジェクトのひとつが(エフゲニー/ザハール・)プリレーピン原作の小説「志願兵のロマンス」を原作としたテレビシリーズである。オレグ・ルキチェフ監督のこのシリーズは、彼の言葉によれば「ロシアのアイデンティティ」とは何かを考えさせるものになるだろうということだ。2018年にプリレーピンは戦争を題材とした作品で極めてまれな称賛を受けた。「Дежурство(Phone Duty, 2018)」は、ドンバスの反乱軍に関する短編映画だが、アメリカのトライベカ・フィルム・フェスティバルで最優秀短編映画賞を受賞している。数千人のウクライナ人がフェスティバルの主催者から謝罪を求めている。

Mansur Mirovalev, Al Jazeera

このプリレーピンの「Phone Duty」はここで見ることができます。トライベカ・フィルム・フェスティバルの審査員たちが、この映画をどのような批評的視座で見たのかは非常に興味があります。途中に差し込まれるあからさまなプロパガンダ言説をどう解釈したのか。主人公の“Cat”(これはプリレーピン本人が演じています)のマッチョイズムをどうとらえたのか。そのうえで、この作品のナラティブに何か優れたものを感じたのか。ウクライナ侵攻後の現在から、この短編を見ると、その政治的メッセージの埋め込まれ方が不気味、かつ滑稽なのはあるのですが、どこか冷めた眼でこの「MAMA」を見ることができるのです。ロシアのプロパガンダとか政治的意図以前の問題として、観客に共感を求める部分と全体のナラティブがちぐはぐなのです。あまり深く考えるほどの作品でもないかもしれません。

🕮 Al Jazeera, "Box office bombs: Russia spends millions on war propaganda films that flop", Mansur Mirovalev, November 9, 2023

“公共の安全のためのプラットフォーム”

アメリカの地方警察のなかに「Fusus」という民間企業のプラットフォームを採用するところが増加しているようです。この会社のウェブサイトによれば、Fususとは「Real-Time Crime Center platform in U.S. Public Safety」というもので、犯罪の発生をクラウドテクノロジーを使ってリアルタイムで把握し、現場にいち早く警察官を派遣して犯人逮捕や証拠の保全につなげるというシステムのようです。そしてFususの核となるのが、いわばクラウドソーシングされたセキュリティカメラ群です。一つの都市には数えきれないくらいのカメラがありますが、そのなかには警察や自治体が設置しているカメラに加え、車両、ヘリコプターからのビデオ・フィード、警察官のボディカメラ、学校、教会などに設置されたセキュリティカメラ、さらには、店舗や工場、倉庫、そして個人の家に設置したセキュリティカメラなどがあります。これらを一元的に集約して警察が監視に使えるようにするのが、Fusus社の目的だということです。単一のプラットフォーム上で、場合によっては個人の家の玄関インターホンのビデオ映像にまでアクセスして、地域の安全を確保するとうたっています。

調査によれば、Fususはすでにアメリカ全土で2,400の自治体で33,000台のカメラを稼働させていると言います。

しかし、管轄外の会社や個人の所有するカメラのビデオフィードを警察が使用するためには、所有者からの許諾が必要なだけでなく、所有者が自らFususの専用ハードウェアを購入してカメラに取り付ける必要があります。そのためにも警察がコミュニティに対してマーケティング活動をするといったことも起きています。自分の家のセキュリティカメラをわざわざお金を払ってまでクラウド化する人などいるのでしょうか?実は404Mediaのポッドキャストでもその点は議論されていたのですが、「(ソーシャル・ネットワークサイトの)Nextdoorなどを見ればわかるように」人々は治安に病的なまでに取り憑かれていて、こういった監視コミュニティの構築にむしろ積極的な人も多いだろうというのです。

このSmartCOREという名のハードウェアが通常の監視カメラに人工知能の機能を付加し、異なる物体、車両、服装、そして“人間”を察知することができるようにしている。どのようなコンテクストで、どのような対象を認識するのかははっきりしないが、Fususのパンフレットにあったスクリーンショットでは、カメラフィードとともに「51.46%の信頼度」というテキストが表示されたタイムラインインターフェースが映し出されていた。別の文書によれば、このシステムは銃発砲検知システムや他のIoTセンサーと連動することも可能だという。

Joseph Cox, 404Media

このプラットフォームに対して、404MediaやElectronic Frontier Foundation (EFF)が警鐘を鳴らしています。顔認識や服装の同定によって、個人の動きをトラッキングでき、コミュニティ内部のプライバシーが脅かされるという側面もありますが、それ以上にコミュニティの外部から訪れた人を過度に警戒し、時には差別や偏見に基づいた治安体制が出来上がってしまうことも危惧されます。南アフリカにも類似したコンセプトの会社(Vumacam)があり、それが世界中に広がりつつある、といった様相を示しています。南アフリカの場合、裕福な白人層が、貧しい黒人層を差別的に扱う仕組みをより強化するシステムになっているとVICEがレポートしていました。

Amazonも“Ring”というスマート・ドアインターホンを販売していますが、これも地域の警察とネットワークを共有しているということです。

🕮 404Media, "AI Cameras Took Over One Small American Town. Now They're Everywhere", Joseph Cox, November 2, 2023
🕮 404Media, "Podcast: How AI-Powered Cameras Took Over One Small American Town", Joseph Cox, November 8, 2023

アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭でのできごと

今年のアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭(International Documentary Festival Amsterdam, 以下、IDFAと略称)で、イスラエルーパレスチナの戦争状態をめぐって参加者たちのボイコットの応酬が繰り広げられています。事の発端は、11月8日の開会式で横断幕をもった2名が壇上に上がり抗議運動を行ったことです。横断幕には「From the river to the sea, Palestine will be free」というスローガンが書かれていました。壇上にいた映画祭のアーティスティック・ディレクター、Orwa Nyrabia が拍手をしている動画が拡散されました。

これに対してIsrael Film Industry Communityが反発、IDFAを非難する署名を集め始めました。

We call on the director of IDFA, and on its board of directors to clearly and resoundingly distance themselves, reject and denounce these calls for violence - and withdraw any platform for those who knowingly incite for the annihilation of Israel, instigating violence and giving rise to anti-Semitic sentiments against Jews everywhere.

Israel Film Industry Community, change.org

この署名活動をみたIDFAは、11月10日付で声明を発表し、事態の収拾を図ろうとします。

IDFA would like to clearly state that we understand that the slogan was hurtful, and sincerely apologize for how this happened. There are many ways that people use or read this slogan, and that various sides use it in opposing ways, all of which we do not agree with, and we believe that this slogan should not be used in any way and by anybody anymore.

International Documentary Festival Amsterdam,
November 10, 2023

問題は、「『from the river to the sea』というスローガンは使ってはならない」というIDFAの声明がオランダの法廷での判決 ───これは反ユダヤ主義の人種差別スローガンではなく、このスローガンを使用することは言論の自由で守られている─── と矛盾している、という点です。

11月10日付のIDFAの声明を受けて、Palestine Film Instituteが映画祭参加を取りやめます。さらにフィリピンのMiko Revereza、パレスチナのBasma al-Sharif、Jumana Manna、Maryam Tafakory、Charlie Shackleton、Terra Long、Kaori Oda、Joshua Gen Solondz、Nika Autor、Niles Atallah、Dr Nariman Massoumi、Sister Sylvester と Deniz Tortum、そしてSky Hopinkaらも参加を取りやめました。

IDFAは2度目の声明を出しますが、スローガンについては「いろんな見方がある」という曖昧なコメントをするにとどまりました。

Lastly, we understand that the slogan that is at the heart of the on-going discussion is used by various parties in different ways and is perceived by various people in various manners. We are not ignoring, undermining nor criminalizing any of these positions and we fully respect and acknowledge the pain that is going around and the extreme urgency of these discussions while war is still on, and innocent civilians are still dying.

International Documentary Festival Amsterdam,
November 12, 2023

映画祭の最優秀作品賞はShoghakat Vardanyan監督の『1489』、最優秀監督賞は『Life Is Beautiful』のMohamed Jabalyが受賞しました。

映画祭は11月18日に閉幕しましたが、サイトの“Recap Video”には、開会式とそれに続くできごとは全く取り上げられていません。

今までにも、様々なドキュメンタリー映画祭で、参加者の主張の相違や運営の政治的かじ取りの失敗などからボイコットや作品の取り下げなどは頻繁に起きていました。しかし、IDFAでのできごとは、今後の映画祭運営に大きな影響を及ぼしそうです。映画祭関係者は、今後の運営において何らかの《方策》を設けるのではないでしょうか。すでに、マシュマロのような言説に包んでいますが「(主張ではなく)議論」「安全な空間」といった意見が映画祭関係者から出始めています。では、映画祭の主催者たちはもともと何を達成しようとしていたのか。特にドキュメンタリーをあつかう映画祭では、参加映画のかなりの数が政治的主張と無縁ではありません。参加する人々のなかには、映画祭を自分の映画のプロモーションの場としてだけでなく、場合によっては政治的発言の場としてとらえている人も少なくありません。しかし、主催者、特に最終的な決定権をもつ人物たちは《映画祭》という体裁を保つことのほうに関心があるのかもしれません。IDFAの監査役会のメンバーを見てみると、彼ら彼女らの政治的立場をもって、現在の《グローバルな政治状況》を受容できるキャパシティがどこまであるのか、そもそもそんな意思があるのか、やはり疑問に思わざるを得ません。

(IDFAの“素晴らしい建物”の家賃を払っている人たちに対して)あなた方は私たちの映画の資金を出してくれているかもしれないが、私たちの映画を実際には見ていないんじゃないだろうか。映画を見ることを勧める。見たら、パレスチナの現状についてわかるだろうから。

Dalia Al-Kury
🕮 Little White Lies, "Filmmakers withdraw their work from IDFA amid response to Palestine conflict", Hannah Strong, November 15, 2023
🕮 Modern Times Review, "It is time for festivals to endorse a BRAVE space over a SAFE one", Dalia Al-Kury, November 21, 2023
🕮 Mondoweiss, "Prestigious Amsterdam documentary festival faces boycott and protests following anti-Palestinian statements", Niloufar Nematollahi, November 16, 2023
🕮 The Guardian, "Film-makers pull out after Amsterdam festival condemns Palestine protest", Philip Oltermann, November 14, 2023
🕮 ScreenDaily, "Palestine Film Institute welcomes latest statement from IDFA", Geoffrey Macnab, November 14, 2023
🕮 Filmmaker, "At Least 18 Filmmakers Withdraw from IDFA 2023", Vadim Rizov, November 15, 2023

Just Viewed

Telemarketers (2023)
Three-part series on HBO
Directed by: Adam Bhala Lough, Sam Lipman-Stern
Music by: Robert Aiki, Aubrey Lowe
Cinematography by: Christopher Messina, Mattia Palombi, Sam Lipman-Stern
Edited by : Christopher Passig
Executive Producers: Adam Bhala Lough, Sam Lipman-Stern, Josh Safdie, Benny Safdie, Dani Bernfeld, Danny McBride, Jody Hill, David Gordon Green, Greg Stewart, Brendan James, Nancy Abraham, Lisa Heller, Tina Nguyen
Producer: Claire Read

このミニシリーズについてはレビューを書きました。

Private Detective 62 (1933)
Warner Bros.
Directed by: Michael Curtiz
Screenplay by: Rian James
Story by: Raoul Whitfield
Starring: William Powell, Margaret Lindsay, Ruth Donnelly, Gordon Westcott, Arthur Hohl
Cinematography by: Tony Gaudio
Edited by: Harold McLernon
Music by: Bernhard Kaun

ワーナー・ブラザーズのプレコード時代の映画にしては、ややおとなしい内容。マイケル・カーティスが量産していたころで、この年だけで『肉の蝋人形(Mystery of the Wax Museum, 1933)』『地獄の市長(The Mayor of Hell, 1933)』『ケンネル殺人事件(The Kennel Murder Case, 1933)』など7本も監督しています。

フランスでスパイ容疑で捕まったドナルド・フリー(ウィリアム・パウエル)が、アメリカに強制送還され、私立探偵として成功するというストーリー。彼の探偵社のパートナー、ホーガン(アーサー・ホール)が実は陰で悪事を画策していた。まあ、もちろんフリーがそれを暴くわけです。探偵という題名から予想されるようなミステリー要素は少なめで、ストーリーは意外性に乏しい。セットも、この年のワーナーの映画のどこかで見たことがあるような気がします。ウィリアム・パウエル以外の唯一の見どころはルース・ドネリーなのですが、出番があまり多くなくて残念です。ワーナーのプレコードの映画としてはショック要素は少ないですが、「snowbird」とよばれている男が変な挙動をするのは、麻薬中毒への直接的な言及ですね。

🕮 Warner Bros. "Private Detective 62, Pressbook", Merchandising Plan, 1933

Listening

デューク・エリントンの“Solitude”はいろいろなヴァージョンがありますが、私はこのピアノソロヴァージョンが一番好きなんですよね。1941年録音。たしかB面は“Dear Old Southland”。