わたしたちの果てなき切望 (6)
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Winning Your Wings (1942)
陸軍航空隊の新兵リクルート映画としてワーナーブラザーズが陸軍の命を受けて製作した映画。主演は、航空隊で当時中佐だったジェームズ・スチュワート
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私が《プロパガンダ》の議論が極めて困難だと考える理由は、《意図》 intent と《実践》 execution と《効果》 effect が簡単に混同されることが多く、そしてそれぞれに対する価値判断が極めて《政治的》だ、という点である。
《意図》 ──誰が何の目的で作らせたか── は、単純に、事実を確認する作業が非常に大変である。
《効果》 ──誰がどういう反応を示したか── は、自分自身がどう反応したかを、社会全体の大衆の反応にまで広げてしまう議論が多い。『星の流れる果て』のTVスポットについても、「荒唐無稽なほどの人種差別を利用した宣伝で、開いた口がふさがらなかった」のは私の反応で、あの映像を見た人全員がそう思ったわけではない。むしろ世の中の大半の人は「サリー・フィールドがまた出てるのか」くらいだったかもしれない。その認識をせずに、「人種差別的なサブコンテクストを利用して、湾岸戦争におけるイラク人への敵愾心を増長させる」という議論を開始するのは保留しなければならないだろう。
おそらく、最も厄介なのは、《プロパガンダ》に関する議論の大半が、《実践》 ──誰がどう作ったか── から始めているということだ。いや、そのほとんどが、《実践》の結果 ──出来上がった映画── のみを見て《プロパガンダ》だ、という結論に達している。「ドイツ人を悪く描いているからプロパガンダ」「日本人を悪く描いているからプロパガンダ」といった具合だ。さらにそこから、《意図》を類推し、《効果》を吹聴しているものまである。
これらのすべてが話者の《政治的》な価値判断に基づいているのだがら、大変である。
だが、ここでは《プロパガンダ》を上記の議論を下敷きに、私なりにある程度の定義の仮組をして進めていきたい。
トラルディがまとめた《プロパガンダ》の5つの定義に加えて、スタンリーの指摘する、社会のなかにある特権の勾配を利用した大衆コントロールという側面は強調されるべきだろう。より特権を持っている者(指導者、官僚)が、政治的な目的をもって、より特権に乏しい者(大衆)の感情の変化を起動させ、態度や行動を変化させる(そして、最終的には犠牲を要求する)仕組みである。この場合、特権を持っている者は、スポンサーとなって、感情の変化を起動させる装置(映画)を、その道のプロフェッショナルに作らせる。
これから、このシリーズで扱う映画の大半は第二次世界大戦期に製作されたものである。第二次世界大戦期において、より特権を持っている者は、政府や国家の指導者とその組織に属している者であり、特権が少なくなるほど、生殺与奪の権を上の層に握られていく。そして、徴兵されたり、収容所に入れられたりする層が最も特権を奪われている。他の時代に比べて、特権の勾配が分かりやすい時代だとは思う。
ゆえに、ここでは、政治指導者が、映画製作会社に、政治的な《意図》をもって、国民のコントロールするために作らせる映画を《プロパガンダ映画》としたい。映画製作会社が時流に便乗して作ったものは《プロパガンダ映画》ではなく《商業映画》と呼ぼう。
もちろん、「いや、その定義は違うだろう」という向きもあるかもしれない。私もこれがユニヴァーサルな定義だとは思っていない。あくまで個々の映画を分析していくうえで、その切り口を維持しておきたい、という動機から、このような定義をしている。また、特権の軸を基本にした搾取と服従の構図を持ち込んでいることじたい、極めて政治的であることも自覚している。
例えば、この暫定的な定義に従えば、『ウィニング・ユア・ウィングス(Winning Your Wings, 1942)』はプロパガンダ映画である。映画を製作したワーナー・ブラザーズのトップのジャック・ワーナーは、すでに陸軍中佐に任命されており、1940年から政府の命をうけて、社内で軍の紹介短編映画を製作を開始していた [1 p.130]。『ウィニング・ユア・ウィングス』はジャック・ワーナーが陸軍航空隊のハップ・アーノルド将軍の命を受けて短編映画部のオーウェン・クランプ大尉に空軍のリクルート映画を作るように指示したもので、「United Army Air Forces Presents」となっているが、著作権はワーナー・ブラザーズにあった。当時のワーナーブラザーズは、政府の軍事組織の命令系統が混入していた組織だった、と言えるだろう。志願兵を速やかに多く募りたいという《意図》は明確で、パイロットに志願したばかりのジェームズ・スチュワートを起用して親近感を醸しだす《実践》も理にかなっている。 『ウィニング・ユア・ウィングス』は、プロパガンダとしての《効果》もあったようで、この映画を見て志願した者の数は100,000とも150,000とも言われている [2 p.110] [3]。
『ウィニング・ユア・ウィングス』はInternet Archiveで視聴可能である。ちなみにMGMが製作、ウォルト・ディズニーが監督した『アイズ・オブ・ザ・ネイヴィー(Eyes of the Navy, 1940)』は参戦前に製作された海軍のリクルート映画である。これはルーズベルト大統領がMGMの親会社、ロウズ・インクのトップ、ニコラス・シェンクに依頼して作らせたプロパガンダ映画である。シェンクは、愛国心というよりは、脱税で逮捕されているジョセフ・シェンクの刑の軽減と引き換えに引き受けたようだ。ルーズベルトは司法長官のロバート・ジャクソンにジョセフ・シェンクを釈放するよう要請したが、ジャクソンはこれを拒否して4か月の実刑が課された。『アイズ・オブ・ザ・ネイヴィー』もInternet Archiveで視聴可能である。
References
[1]^ B. Thomas, "Clown Prince of Hollywood: The Antic Life and Times of Jack L. Warner." New York : McGraw-Hill, 1990.
[2]^ A. Harmetz, "Round up the Usual Suspects: The Making of Casablanca: Bogart, Bergman, and World War Ii." New York : Hyperion, 1992.
[3]^ S. King, "Serving Their Country in Wartime - by Making Films," Los Angeles Times, Los Angeles, p. 49, Sep. 27, 2005.
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