映画『ジョーカー』の色彩

あることが気になって『ジョーカー(Joker, 2019)』を再見した。私はこの映画の色、特にある種の街灯の《色》が気になっていた。

撮影監督のローレンス・シャー Lawrence Sher は、この作品における配色のインパクトについて語っている(日本語字幕付き)。

ローレンス・シャーによる「映画撮影における色の意味」の解説(Vogue Japan)

『ジョーカー』の映像の《色》がもつ意味について分析している論考も多くある(例えば、ここここ)。この作品の幅広い色彩のスペクトラムのなかで極めて特異な位置を占めているのが、ナトリウムランプ sodium vapor lamp のオレンジ/黄色だ。撮影監督のシャー自身、1981年頃のニューヨークの《記憶》の色として、この照明のオレンジ/黄色にこだわったと言及している。

こういった分析を読みながら、ナトリウムランプのオレンジ/黄色の照明がもつ、コンテクストについて、また考えている。「また」というのも、私はこのオレンジ/黄色の照明について、以前考えたことがあるからだ(批評誌「ビンダー」の6号に寄稿した「フィルムはレイシストである」のなかで、ナトリウムランプの黄色について言及した[1])。『ストレイト・アウタ・コンプトン(Straight Outa Compton, 2015)』、『コラテラル(Collateral, 2004)』、そして更に遡って『ボイーズ’ン・ザ・フッド(Boyz’n the Hood, 1991)』に登場するロサンゼルスの夜の色として、このナトリウムランプは重要な役割を果たしている。今回はもう少し広げてみたい。

『ジョーカー』
d. Todd Phillips, dp. Lawrence Sher
(Warner Bros.)

ナトリウムランプの考古学

ナトリウムランプには低圧型と高圧型があり、低圧型はとにかく限られた波長(589.0nmと589.6nmの二波長だけ)しか出さない黄色い無慈悲な光源だが、高圧型はオレンジの波長があり、若干慈悲深い。低圧型は1920年にウェスティングハウスが、高圧型は1964年にジェネラル・エレクトリックが市場導入した。

それまでの街灯は、白熱電球か水銀灯が使用されていた。しかし、これらの光源は視認性が悪く、電力消費量も問題だった。

高圧型水銀灯の街灯
Wikimedia Commons

低圧型ナトリウムランプの独特の黄色の光源は、ヒトの視覚が最も敏感な波長に対応しており、その点では発光効率が最も良いと思われていた。だが、色がほぼ単色で、照らされたすべてのものがその色に染まってしまう。後発の高圧型ナトリウムランプは、もう少し広い範囲の色を発光し、演色性が改善した。この高圧型ナトリウムランプが戸外の照明に適していると考えられたのだ。

当初から、ナトリウムランプのオレンジ/黄色は「注意を促す」「犯罪多発地域での防犯」効果があるとうたわれていたが[2]、都市部で犯罪が悪化した1970年代に、犯罪抑止の手段として、高圧型ナトリウムランプの街灯が急速に広まっていった[3]。例えば、ワシントンD.C.で、試験的に24ヶ月間にわたってナトリウムランプを導入したところ、その地域では夜間の犯罪が50%減少したという。また、フロリダ州マイアミでも1972年にダウンタウンの一角にナトリウムランプを設置したところ、犯罪件数が48.7%減少したという結果も報告された[4]。こういった例が数多く喧伝され、車上荒らしや路上強盗などの犯罪増加に悩んでいた都市部の警察は、ナトリウムランプへの交換を自治体に促していた。

高圧型ナトリウムランプの街灯
Wikimedia Commons

特に治安が急速に悪化していたニューヨーク市では、ナトリウムランプの導入が1970年代に頻繁に話題になった[5][6]。当時のニューヨークで犯罪の撲滅に積極的だったのは、ルイス・ルーディンのような不動産ビジネスの大物たちだった。ルーディンが議長を務める「より良いニューヨークのための連合(Association for a Better New York)」は主にビジネスマンの集まりで、彼らの顧客が治安の悪化を理由にニューヨークを離れることを阻止すべく結成された。この団体が犯罪撲滅の活動の一環としてナトリウムランプの設置のために資金を提供したりもしている[7]。1973年のオイルショック(OPECによる原油輸出規制)がエネルギー価格の高騰を招いたことも、街灯の転換に拍車をかけた。ナトリウムランプは従来の照明に比べて極めて維持費が安いため、財政問題を抱えるニューヨークにとってはどの点からみても最良の選択肢だった1)。このような事情を背景に、例えば、1975年には1200マイル分の街路灯がナトリウムランプに切り替えられたという[2]

実際の街の風景を見ると、その変遷の様子がよく分かる。1970年代のニューヨークの夜景の空撮を見ると、水銀灯の青白い光とナトリウムランプのオレンジ色が混在しているのがわかる。1970年代末から80年代初頭のニューヨークの夜景を集めたこのクリップでは、ナトリウムランプが支配的になっているのがわかる。1990年代になると見事にオレンジ色の風景に変貌している。NASAが2013年にリリースした夜のニューヨークの衛星写真を見ると、マンハッタン島、ブロンクス、クィーンズ、そして対岸のニュージャージーも、ほぼオレンジ色に染まっているのがわかる。これがアメリカの都市の色だったのである。

夜のニューヨークの衛星写真(NASA, 2013/3/23)

もちろん、この異様なまでに演色性に乏しい(あるいは偏っている)光源は、独特の問題をもっている。低圧型に比べて高圧型は少し演色性が改善されたものの、それでも照らされた物体の色の判別には不利だ。警察官たちも、車両の色や加害者の衣服の色の判別が困難だと報告している(肌の色の判別についての言及は見当たらなかったが、これは治安と人種の政治的議論に発展することを巧妙に避けたのだろうか)。かつての色彩豊かな街の風景が失われると反対する住民たちも多く、街路樹への悪影響も懸念された。一方、防犯効果についても疑問があった。実際、連続殺人犯「サムの息子」は、ナトリウムランプの真下に停車していた車のなかのカップルを銃撃している[8]。少なくとも、発表された統計については慎重になるべきだという意見が多く、犯罪を減らすというよりも「犯罪が起こるかもしれないという恐怖心を減らす効果があると言うのが妥当だろう」と言われた[9]

2010年代に入り、さらにエネルギー効率の良い(i. e. 電気代が安くなる)LED照明がひろがった。アメリカでも多くの都市でナトリウムランプをLED照明に切り替えている。下の写真は2020年にNASAがリリースした衛星写真である。左はワシントンD.C.、右はボルチモアだ。このときすでにボルチモアはすべての街灯をLED照明に切り替えていた。それが衛星写真にはっきりと現れている。ナトリウムランプのワシントンD.C.とLEDのボルチモア、双子都市と呼ばれているが、極めて対照的な色の風景である。

夜のワシントンD.C.(左)とボルチモア(右)(NASA, 2020/9/15)

都市の色として

暖色、黄色やオレンジ色が呼び起こす感情といえば、安らぎ、家庭、愛、穏やかさ ─── じゃないかもしれないね ─ トイレに行きたくなるかもしれないな

Lawrence Sher

シャーは、『ジョーカー』に登場する、「1970年代から80年代初頭の」ゴッサムについて語っている。もちろん、ゴッサムはニューヨークをモデルにした架空の都市で、「1970年代から80年代初頭の」ニューヨークがナトリウムランプの街だった2)ことを基に、この映画でもナトリウムランプを使用しているわけだ。『ジョーカー』のロケーション撮影ではLEDの街灯をナトリウムランプに交換して撮影している[10]3)。こういった街灯の時代考証は他の映画でも行われている。『ストレイト・アウタ・コンプトン』の撮影でも、ロサンゼルスのLED街灯をナトリウムランプに取り換えて撮影が行われたという。ロケーション撮影で街灯を交換するまでしなくても、ナトリウムランプを模した照明用ゲルを使うのは一般的だ。さらに時代をさかのぼった『アイリッシュマン(The Irishman, 2019)』では、水銀灯の照明が再現された[11]

だが、実際に1970~80年代に劇場公開されたアメリカの劇映画で、ナトリウムランプの黄色/オレンジが街灯照明として反映されていた例はあまり見当たらない。『ジョーカー』の批評で必ず参照される『キング・オブ・コメディ(The King of Comedy, 1983)』では、夜の街灯の色は明らかに水銀灯だ。さらによく言及されるもう一つの映画、『タクシー・ドライバー(Taxi Driver, 1976)』は、水銀灯とナトリウムランプが混在しているが、それらはあくまで背景の光源であって、画面全体を覆う照明として機能することはない(『タクシー・ドライバー』では街灯はガラスやミラーの反射として映り込むが、直接フレーム内に配置することは巧妙に回避している)。当時の写真や映画撮影の記述を見ていくと、ナトリウムランプの照明はフィルターによる《補正》がほとんど不可能、さらにネガフィルムの感度が十分でないために、街灯だけを照明源として利用する撮影が困難、といった理由で敬遠されていたようだ。また、ナトリウムランプの作り出す黄色/オレンジ(だけ)の世界は当時の(ハリウッドやニューヨークの)映画製作者たちの「色彩の美学」からかけ離れていたし、《補正》して《鑑賞に堪えうるもの》にできないのであれば使えない、という判断は、結果的に当時の映画のルックからナトリウムランプの現実を排除していたように思われる。

『タクシー・ドライバー(Taxi Driver, 1976)』
d. Martin Scorsese, dp. Michael Chapman
万華鏡のようなニューヨークの街角の光
(Columbia Pictures)

だが、ドキュメンタリーやテレビの撮影においては、現場にある照明に頼らざるを得ない場合も多い。『子どもたちをよろしく(Streetwise, 1984)』はシアトルのストリートチルドレンを追ったドキュメンタリーだが、監督・撮影のマーティン・ベルはArriflex 16-SRとZeissのハイスピード・レンズ、それにコダックの7291と7294で、追加の照明を使うことなく撮影をおこなった[12]。夜のシーンは決して多くないが、当時のシアトルのパイク・ストリートの様子が収められている。

『子どもたちをよろしく(1984)』
d. Martin Bell, dp. Martin Bell
シアトルの街、ナトリウムランプのオレンジ色の街灯
(Angelika Films)

かつて敬遠されていたナトリウムランプの色は、2000年頃を境に積極的に利用されるようになったようだ。これにはいくつかの背景がある。まず、デジタル・カラー・グレーディングが行われるようになり、色の調整のラティテュードが広がった。ポストプロダクションで「パワー・ウィンドウ」を利用したフレームの部分的な色調整も可能になった。また、新しい世代の撮影監督達たちが登場してきたことも大きく関係している。ポール・キャメロン(『60セカンズ(Gone in 60 Seconds, 2000)』、『コラテラル(Collateral, 2004)』)、ロドリゴ・プリート(『8マイル(8 Miles, 2002)』、『21グラム(21 grams, 2003)』)、マシュー・リバティーク(『ネヴァー・ダイ・アローン(Never Die Alone, 2004)』、『ストレイト・アウタ・コンプトン』)らは、かつて扱いにくいとして撮影の際には街灯から外されていたナトリウムランプを意図的に、そして大胆に使用しはじめた。こうして、それまで忌み嫌われていた黄色が、映画の空間に都市の色として登場するようになったのである。

『60セカンズ(Gone in 60 Seconds, 2000)』
d. Dominic Sena, dp. Paul Cameron
この予告編でもナトリウムランプのオレンジ色に染まっているのがわかる
(Touchstone Pictures)
『コラテラル(Collateral, 2004)』
d. Michael Mann, dp. Paul Cameron
ロサンゼルスの街の色はナトリウムランプのオレンジ色だ
(Dreamworks)
『ストレイト・アウタ・コンプトン(Straight Outa Compton, 2015)』
d. F. Gary Gray, dp. Matthew Libatique
レーガン時代のロサンゼルス、ナトリウムランプの街
(Universal Pictures)

ゴッサムを照らす灯り

そのような撮影監督のひとりにウォーリー・フィスター Wally Pfister がいる。彼はクリストファー・ノーランの監督作品で撮影監督をつとめてきた。ノーランのバットマン3部作は、その後のDCユニバース映像化作品に大きな影響を与えたが、特に視覚的な感触の側面の影響力は大きい。そのバットマン3部作に登場するゴッサム・シティの独特の陰影を設計したのはフィスターであり、彼がノーランにナトリウムランプの《琥珀色 amber》 ───フィスターはそう呼んでいる─── の温かみと色濃い影のエフェクトを提案したのである[13]

1990年代に製作されたバットマン映画4)に登場するゴッサムがどれも書割のような風景だったことを考えると、この転回は非常に重要だった。ナトリウムランプのオレンジが、血の臭さや汚物の匂いを持ち込んで、ゴッサムの裏通りで行われる犯罪が生々しさをおびはじめたからだ。

『ダーク・ナイト(The Dark Knight, 2008)』
d. Christopher Nolan, dp. Wally Pfister
ナトリウムランプはジョーカーに活力を与える
(Warner Bros.)

『ダーク・ナイト』でも『ジョーカー』でも、ジョーカー/アーサー・フレックはナトリウムランプのオレンジ/黄色の下で殺戮を展開する。『ジョーカー』でフレックが「ウォール街のヤッピー風」の3人の男を射殺する。その最後の犠牲者、地下鉄駅のホームで逃げようとする男の背中をアーサーが撃つとき、世界はナトリウムランプの琥珀色に包まれている。目撃者がいても、ナトリウムランプのお陰でアーサーの姿がはっきりと見えたとしても、「犯人はピエロの格好をした男だった」以上の証言はでてこない。暴力の熱病にうなされた男がみる幻のような、おとぎ話の世界 ───アーサーはリボルバーが装填できる銃弾の数よりもはるかに多い弾の数を撃っている─── では、ナトリウムランプがもたらす視認性など役にたたない。むしろ悪の魅力を囁く演者(キャラクター)に劇的な舞台を用意し、《覚醒》を演出する。ナトリウムランプの下で起きるもう一件の殺人は、ブルース・ウェインの両親の殺害だ。これはアーサーではない、別の「ピエロの格好をした男」による殺人である。ゴッサムで殺戮を展開するのはもはや《アーサー・フレック》である必要はなくなった。「ピエロの格好をした男」でさえあれば、誰でもよい。個人としてのアイデンティティを持たない者にとって、ナトリウムランプの照らし出す光など恐れるものではない。悪事をなす者がアイデンティティをも放棄した場合、殺戮の理由が、憎悪か、遊戯か、転倒した価値の礼賛なのか、そういった問いは意味をもたない。

現実世界のニューヨークではナトリウムランプが犯罪抑止をうたって導入されたことを考えると、このジョーカーとナトリウムランプの関係は実に皮肉だ。だが、現実のニューヨークでも、サムの息子がナトリウムランプの下でも平気で人を撃ったように、倫理の箍が外れた者にとって、暴力のもたらす恍惚はすべてを凌駕し、社会的な仕掛けによって阻止することなど無理なのである。もともと光によって、人の行動を管理することなど本当に可能なのだろうか。

薄明視の世界

奇妙なことに、ナトリウムランプの視認性の高さの科学的根拠は最近になって疑われてきている。「ナトリウムランプの独特の黄色の光源は、ヒトの視覚が最も敏感な波長に対応している」というのは、明るいところでの視覚を前提としている。ヒトの視覚は明るいところ(明所視 photopic vision)と暗いところ(暗所視 scotopic vision)でメカニズムが違う。明所視は網膜の錐体細胞によって生成される。よく知られているように錐体細胞は赤、緑、青の色に対応する三種類があり、色覚をつかさどる。一方で暗所視は網膜の桿体細胞によって生成されるが、この桿体細胞は色覚がなく、500 nm付近の緑の色に最も強く反応する。夜の戸外での照明を議論する際に、明所視の特徴をもとにするのはおかしくないか、と言われ始めているのである。「奇妙なことに」と述べたのは、このメカニズムは1960年代には教科書にも載るような基礎知識であり、なぜか今ごろになって疑われ始めているからである。ナトリウムランプの導入を推し進めた人たちが「犯罪抑止に役立つ」と言っていたのは、もともと大した科学的根拠などなかったのだ。

しかし、視覚に関する理解が進んで、ヒトは明所視、暗所視だけでなく、さらにはその中間の明るさでの視覚(薄明視 mesopic vision)があり、夜間の照明は薄明視を念頭に置いて設計するのが重要であると考えられ始めた[14]。そして、薄明視に適しているのが蛍光灯だとか[15]、LED照明だという報告が出てきている[16]。それが本当のことなのかどうなのか、また50年ほど経たないと明らかにならないかもしれない。

薄明視は、夜明け、日暮れ時の視覚とも言われている。一言で言えば《マジック・アワー》の視覚だ。アメリカの視覚文化は、1980年代を境に《マジック・アワー》の美学に傾倒していき、ベビー・ブーマーの生活スタイルの象徴的な《光》となった。ロナルド・レーガンが約束したのは、豊かな郊外生活を薄明視で見続ける、という夢だった。

一方で、「薄明視に最もそぐわない照明」のレッテルを貼られてしまったナトリウムランプは、ジョーカーの光、ヒップホップの光、ギャング抗争の光である。レーガンの約束などとは無関係な人々の光である。

『ジョーカー』は公開当初から論争の的になった。インセルの暴力擁護だとか、歴史改変だとか、プロの批評家から目の敵にされており、監督の「woke」発言がさらに火に油を注ぐ結果になった。一方で一般人のあいだでは評価が高く5)、《信頼できない語り手》としてのジョーカー像というアプローチを様々な角度から考察するファンも多い。

私は、個人的には『ジョーカー』がインセルの話だとか、実際に起きた地下鉄の銃撃の被害者は黒人で、白人に変更したのはホワイトウォッシングだとか、そういった批判は的はずれだと思っている。一方で、なぜジョーカーというキャラクターに典型的な《怒れる白人男性 angry white male》の物語 ───それは本当は《白人男性》である必要さえない、息をつく場を失った個人の物語だ─── を語らせたのだろうかとも思う。《信頼できない語り手》というギミックは、歪んだ合わせ鏡のあいだに立って「さあ笑おう」と掛け声をかけるような、ひどく痩せた諧謔性に陥りかねない。それこそ、「なぜ、ジョーカーがこんな物語を語るのか」「ジョーカーだからさ」といった具合に、薄気味悪い摂動が加えられながら無限に続く問答を見ているようなものだ。その合わせ鏡を舞台の上に据え付け、ホアキン・フェニックスという、そうでなくても眠気が吹き飛んでしまうような役者を舞台の中央に立たせ、光と色彩に満ちた演出で見せた。ハリウッドの資本、技術、才能、経験が提供する製作技術の力(プロダクション・バリュー)が、この歪められた合わせ鏡の世界を見事に昇華しているが、昇華というプロセスがそうであるように、それは真空のなかで、然るべき相転移 ───この場合は、真の語り手が自己を相対化することではないだろうか─── を経ずに語られているように思われる。

やはり《怒れる白人男性》のテーゼを取り上げ、公開当時、同様に論争の種になり、受容が真っ二つに分かれた映画がある。『フォーリング・ダウン(Falling Down, 1993)』は、レーガン時代の薄明視の成れの果ての物語だ。主人公のウィリアム・「ディフェンス」・フォスターは、別れた妻子に接近を禁止され、軍事兵器会社のエンジニアの職を失い、母親と住んでいる。「インセル」の1990年版といったところだ。その彼がある日、ロサンゼルスで連続暴行殺人事件を引き起こす。『フォーリング・ダウン』が秀逸なのは、そのすべてがロサンゼルスの強い陽光の下で起きる出来事だからだ。ネオ・ノワールの運命論的色彩演出の過剰さや、光彩と陰影を操る自意識の演劇性から、醒めた距離を置いて、ただ不快な太陽光の世界のなかの生の過ちを描いている。この映画の最も鋭い傷跡を残すセリフ、「I’m the bad guy?」が明るい白色光のなかで発せられるからこそ、自意識と世界の齟齬が耐えきれないものになっていく。明所視の世界でのみ語られるべき物語もあるのだと思うのだが。

しかし、それも30年という距離があるからこそ感じることなのかもしれない。『ジョーカー』もそれくらいの距離が必要なのかもしれない。

『フォーリング・ダウン(Falling Down, 1993)』
d. Joel Schumacher, dp. Andrzej Bartkowiak
錐体細胞が見る暴力の世界
(Warner Bros.)

Notes

1)^ 1980年の調査では、街灯として用いる場合の一年あたりの照明維持費は、白熱電球が280ドル、水銀灯が128ドルだったが、低圧型ナトリウムランプが60ドル、高圧型ナトリウムランプが44ドルと極めて安かった。

2)^ The A. V.の映画批評家 Ignatiy Vishnevetsky (1983年生まれ)が、「1980年代のアメリカの大都市があんなにナトリウムランプだらけなわけないだろう、あの頃は水銀灯だ」とTweetして話題になった。本文中に引用した動画を見てもわかるように、ナトリウムランプは1980年代のアメリカの大都市の風景の重要な要素である。Vishnevetsky氏の発言は事実誤認のようだ。

3)^ 『ジョーカー』では他の視覚的要素についても、ポストプロダクションで《再現 simulate》をするのではなく、《本物 authenticity》を追求するという選択がなされている。アーサーのコメディ・クラブ出演の様子はVHSテープに録画され、TVニュースの映像はベータカムで撮影された[10]

4)^ ノーランの3部作以前に製作された実写映画としては、『バットマン(Batman, 1989)』、『バットマン リターンズ(Batman Returns, 1992)』、『バットマン フォーエヴァー(Batman Forever, 1995)』、『バットマン & ロビン Mr.フリーズの逆襲(Batman & Robin, 1997)』がある。

5)^ 『ジョーカー』に対する、英語圏の映画批評家と一般の映画ファンとのあいだの乖離はRotten Tomatoのようなサイトでは如実に表れている。批評家たちのレーティングは68%であるのに対して、一般(Verified)のレーティングは88%である。さらに批評家のなかでも「Top」と区分されている批評家たちによるレーティングは49%まで下がるが、一般人をすべてカウントすると90%にまで評価が上がる。

References

[1]^ Murderous Ink, "フィルムはレイシストである," ビンダー, vol. 6, 2018.

[2]^ J. A. Jakle, "City Lights: Illuminating the American Night." Baltimore : Johns Hopkins University Press, 2001.

[3]^ N. C. P. I. (University. of Louisville), "National Crime Prevention Institute Manual." Navy Department, Bureau of Naval Personnel, Law Enforcement & Corrections Division, 1977.

[4]^ W. P. Gloege, D. V. Gorder, and E. Luksus, "Study of Impact of High and Low Sodium Streetlights on Law Enforcement and Public Safety," Planning and Evaluation Unit, Research and Development Division, San Jose Police Department, Sep. 1979.

[5]^ P. McLaughlin, "Woodsiders Act on Street Crime," Daily News (New York): BQL, New York, p. 1, Apr. 10, 1972.

[6]^ "Superlights Recall Cops Killed on Job," Daily News (New York), New York, p. 123, Sep. 24, 1972.

[7]^ "Businessmen Finance Anticrime Drive in N.Y." Los Angeles Times: I, Los Angeles, p. 44, Dec. 25, 1972.

[8]^ "Son of Sam Strikes in Blooklyn, Wounds Couple in Car," Daily News (New York), New York, p. 23, Aug. 01, 1977.

[9]^ M. J. Bouman, ""The Best Lighted City in the World": The Construction of a Nocturnal Landscape in Chicago," in The American Cities and Technology Reader: Wilderness to Wired City, G. K. Roberts, Ed. Psychology Press, 1999.

[10]^ A. Pennington, "Behind the Scenes: Joker," Oct. 04, 2019. https://www.ibc.org/trends/behind-the-scenes-joker/5012.article

[11]^ F. Schruers, "The Irishman - Wages of Sin," American Cinematographer, vol. 101, no. 1, p. 30, Jan. 2020.

[12]^ H. Baker, "Streetwise: A True Tale of the City," American Cinematographer, vol. 66, no. 9, p. 44, Sep. 1985.

[13]^ G. Boucher, "Right-Hand Man," Los Angeles Times: S, Los Angeles, p. 10, Dec. 09, 2010.

[14]^ D. A. Schreuder, "Road Lighting for Safety." Thomas Telford, 1998.

[15]^ S. Donatello et al., "Revision of the EU Green Public Procurement Criteria for Road Lighting and Traffic Signals," Publications Office of the European Union: Luxembourg, vol. 127, 2019.

[16]^ J. D. Bullough and M. S. Rea, "Innovative, Energy-Efficient Lighting for New York State Roadways: Opportunities for Incorporating Mesopic Visibility Considerations into Roadway Lighting Practice," Final Report: New York State Energy Research and Development Authority New York State Department of Transportation, Apr. 2008.